遺伝子解析でさらに踏み込んだ治療へ トリプルネガティブ乳がんへの挑戦

監修●増田紘子 昭和大学病院ブレストセンター乳腺外科助教
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2016年9月
更新:2016年9月


BRCA遺伝子変異にはPARP阻害薬

タイプ別に分類することにより、より標的を絞った治療の研究が進んでいる分野をいくつか取り上げる。

家族性乳がんは2割ほどとされており、BRCA(1/2)遺伝子に変異があると、がんの発症につながることがわかっている。BRCA遺伝子は2本鎖DNA傷害を修復する遺伝子だが、変異があるとDNAの修復ができなくなり、がん発症のリスクにつながってしまうのだ。とくにBRCA1の変異はトリプルネガティブ乳がんに多い。分類では「Basal-like」に入る。

BRCAの変異がある乳がんには、PARP阻害薬が有効だ。がん細胞内で1本鎖DNA傷害の修復を行っているPARPの機能を阻害するとがん細胞を死滅させることができる。日本では臨床試験の段階だが、治療の大きな武器として期待されている。日本では、製薬メーカー主導の治験としてolaparib(オラパリブ)の第Ⅲ(III)相試験が進行中だ。

試験は、再発治療と術後補助療法の両方で行われており、海外では再発治療に対し効果のあることが認められていて、すでに臨床使用されている。

「今の日本では保険による治療にはつながりませんが、トリプルネガティブ乳がんと診断された患者さんにはBRCA変異の検査のお話はしています。これは自費で20-25万円ほどかかるのですが、情報を得ることで、手術方法選択や薬剤選択などの治療介入ができる可能性があることと、患者さんが自分のがんをより深く知ることが可能です。いずれ保険適用内でPARP阻害薬などの治療を受けられる可能性もあります。BRCAは遺伝性だから自分のことだけではなく、未発症で普通に生活している家族の変異の可能性を知るメリットもあります。ご希望があれば遺伝子カウンセラーが対応しています」

olaparib(オラパリブ)=商品名Lynparza(リンパルザ)

免疫に働きかけるPD-1受容体阻害薬

次に免疫に関与する遺伝子が高発現したグループには、免疫に働きかけてがん細胞を死滅させる治療法の確立が進んでいる。

そのシステムを説明すると――。免疫細胞(T細胞)には体内の異物を攻撃する働きがあるが、活性化しすぎて自己免疫反応を起こさないようにブレーキをかける分子も備わっている。それを免疫チェックポイントと呼ぶが、がん細胞の中にはこのチェックポイントに働きかけて免疫反応を起こさせないようにできるPD-L1という物質があり、これがチェックポイントのPD-1受容体に結合すると、免疫細胞は力を発揮できなくなる。

この結合を防ぐのが免疫チェックポイント阻害薬で、PD-1側に結合してPD-L1の触手を防ぐものを抗PD-1抗体という。悪性黒色腫や肺がんなどほかのがん種では承認されている薬剤もあるが、トリプルネガティブ乳がんでは、PD-1受容体阻害薬であるpembrolizumab(ペムブロリズマブ)の治験が始まったばかりだ。

「免疫チェックポイント阻害薬は治療のイメージを変えます。がん細胞を直接死滅させるのではなく、自然免疫力を惹起してがんが免疫から逃げないようにするという方法は、体の状態をメンテナンスしてがんの縮小や再発防止につなげられることが予想されています」

pembrolizumab(ペムブロリズマブ)=商品名Keytruda(キイトルーダ)

ホルモン系も狙い撃ち

次は、LARに分類された場合だ。エストロゲン受容体が陰性であるのにも関わらず、ホルモンに制御された細胞増殖経路を持ち、男性ホルモンのアンドロゲン受容体遺伝子が多く発現しているタイプだ。

「アンドロゲン阻害薬による治療になります。免疫染色や遺伝子解析により、アンドロゲン受容体遺伝子の発現の有無を明らかにすることができるので、さらに絞れていくと奏効率が高くなります。免疫染色だけで抽出した患者さんへの効果は16週で19%でしたが、アンドロゲン遺伝子特性を加えて絞り込むと35%に効果があり、24週でも29%だったというデータもあります。しっかりと対象をピックアップできれば奏効も期待できます」

米国の研究機関とも連携

将来が期待される治療法も多いが、現在はいずれも研究段階だ。それに寄与しようと増田さんは、海外での経験で得たパイプを生かして、MDアンダーソンがんセンターの研究グループに昭和大学からサンプルを送って米国と同じように解析する研究を始める。

「来年~再来年あたりには成果を還元できればと思っています」

サブタイプ分類の検査法が確立し、各サブタイプに選別された患者を対象にした、有効性と安全性が確立した薬剤の登場が期待されている。

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