BRCA遺伝子変異の再発乳がんに大きな選択肢が トリプルネガティブ乳がんにリムパーザに続き新たな治療薬が承認予定

監修●向井博文 国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科医長
取材・文●半沢裕子
発行:2019年9月
更新:2019年9月


遺伝性つまり家族性。慎重に行う必要のある遺伝子検査

ところで、リムパーザを使用するに当たっては、当然だがBRCA遺伝子変異があるかどうかを調べる必要がある。現状で最大の問題は、この遺伝子検査の体制がまだ十分とは言えない点のようだ。

リムパーザに保険が適用されるとほぼ同時に、BRCA遺伝子変異を調べるコンパニオン診断プログラム「BRACAnalysis診断システム」が承認されている。コンパニオン診断は治療薬の選択のために受けるものだが、陽性とわかれば治療に新たな道が開ける一方、遺伝性であることが明らかになり、家族も将来のがん発症リスクに直面することになる。何しろ子どもなら2分の1の確率で遺伝する。

「本人のみならずご家族にもどうしても影響します。その点もこれまでにない新しい点です。検査の意義や結果をご家族にも理解してもらう必要がありますが、知りたくないという方もいますし、知らない権利もある。もちろん、遺伝子に変異があることが社会的差別につながるようなことがあってはならないので、上手に判断していく必要があります」

それでも今日、「再発がわかったら早い段階で調べよう」という流れができつつあると向井さんは言う。

「当初は〝どんどん検査しよう〟という流れではありませんでした。患者さんの大半の方は手術を受け、術前術後に化学療法を行い、にもかかわらず再発してしまった方です。全員ならすごい数になりますし、検査代は安くありません。遺伝性乳がん家系である可能性の拾い上げについては、『乳癌診療ガイドライン』にも発症年齢が若いとか、家族に卵巣がんの人がいるといったいくつかの基準が定められています。しかし、どの患者さんにとってもBRCA遺伝子陽性の可能性はゼロではありませんから、自分がリムパーザの適用かどうか知りたいでしょう。〝保険もきく〟となると、患者さんが希望されれば拒む理由はありません」

今後、さらにこの方向に向かう大きな根拠もある。

「BRCA1に変異があるのはトリプルネガティブ乳がんに多いですが、実はBRCA2の変異はホルモン陽性のルミナルタイプにもあります。両方を合わせると乳がん全体の8割以上の方で、遺伝子変異が見つかる可能性があるということになります」

「さらに、両親や祖父母など家系には変異がなかったのに、突然出る人もいます。理由は不明ですが、最初にお話ししたように、私たちは紫外線、放射線の影響や食べ物など、さまざまな曝露(ばくろ)を受けていますから、その影響で急に起こることもあるのでしょう」

「BRACAnalysis診断システム」による検査の費用はおよそ20万円。また、2019年5月には2つのがん遺伝子パネル検査が保険適用となり、すべての遺伝子が解析できるようになった。これらの検査でもBRCA遺伝子の変異は調べられるが、金額はさらに高くなり、保険適用額で56万円となっている。

「BRCA遺伝子の変異だけでなく、ほかの遺伝子も調べますから、知りたくない情報がさらに増える可能性もあります。しかし、今使える薬剤を全部使ったあと、開発中の薬剤の治験参加が可能になるかどうかがわかる、といった利点があるかもしれません。要は考え方だと思います」

効く人にはとてもよく効き、重篤(じゅうとく)な副作用の報告もないリムパーザ。患者は自分に使えるかどうか、確認したいことだろう。だからこそ、もしBRCA遺伝子変異があった場合、その情報を家族親族とどこまで共有するか、必要な合意を得ておくことが大切と言えそうだ。

トリプルネガティブ乳がんにおける、免疫チェックポイント阻害薬の可能性

トリプルネガティブ乳がんの治療薬といえば、免疫チェックポイント阻害薬に関するニュースが続いている。まず、昨年(2018年)10月の欧州臨床腫瘍学会(ESMO2018)では、「未治療の転移性または局所進行切除不能トリプルネガティブ乳がんに対するPD-L1抗体薬であるテセントリク(一般名アテゾリズマブ)と、タキサン系抗がん薬アブラキサン(同ナブ・パクリタキセル)併用療法の有効性を比較した多施設共同無作為(ランダム)化プラセボ対象二重盲検国際共同第Ⅲ相臨床試験(Impassion130試験)」の結果が発表され、同時に医学誌『The New England Journal of Medicine』に掲載された。

902名の患者がテセントリクとアブラキサンの併用とアブラキサン単独に1:1の割合で割り付けられ、主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)。

ITT解析群における無増悪生存期間中央値はテセントリク群7.2カ月、プラセボ群5.5カ月で、テセントリク群で病状進行または死亡のリスクが有意に20%減少した。また、PD-L1発現率1%以上群の無増悪生存期間中央値はテセントリク群7.5カ月、プラセボ群5.0カ月で、テセントリク群で病状進行または死亡のリスクが有意に38%減少した。

ITT解析群における全生存期間中央値はテセントリク群21.3カ月、プラセボ群17.6カ月で、テセントリク群で死亡リスクを16%減少した。PD-L1発現率1%以上群の全生存期間中央値はテセントリク群25.0カ月、プラセボ群15.5カ月で、テセントリク群で死亡のリスクを38%減少している。とりわけ、PD-L1の発現している患者において、全生存期間が25カ月に及んでいるのは大きな成果で、次回の解析を行うまで試験は続行されるという。

一方、副作用については、テセントリク群(テセントリク+アブラキサン)で15.9%、プラセボ群(プラセボ+アブラキサン)では8.2%の患者が、有害事象により投与を中止したが、これまで確認されている範囲を超えるものはなかったという。主な有害事象は好中球数減少、末梢神経障害、倦怠感、貧血などだった。

一般に、乳がんには免疫チェックポイント阻害薬があまり効かないというイメージがあるが、「トリプルネガティブ乳がんに絞ったのがよかったと思います。確かに、乳がんは免疫の関与がそんなに高くないと言われてきましたが、実はサブタイプごとに違っていて、トリプルネガティブ乳がんはどうも高そうだという推測はありました。

そこで、トリプルネガティブ乳がんを対象に臨床試験を行ったところ、いい結果が出たということですね。日本もこの試験に参加していますので、近々に承認されると思います。また、今後もトリプルネガティブ乳がんに関しては、他の免疫チェックポイント阻害薬も注目されてくると思います」

キイトルーダ(一般名ペムプロリズマム)などの治験も進行中で、武器の少なかったトリプルネガティブ乳がんに、さらに新しく強力な武器が届く可能性が高まっている。

ITT解析(intention to treat Analysis)=医薬品の臨床試験などの解析方法の1つ。医薬品の臨床試験においては試験が進行するに従い、治療が続行できなくなる患者が出てくる。そうした患者もすべて含めて解析する方法のこと。これに対し、脱落した患者を除き、実際に行われた治療の解析をon treatment analysisと呼ぶ

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