まだ標準治療薬こそないが、アンスラサイクリン系やタキサン系薬剤などが効果的 トリプルネガティブ乳がん患者よ! 術前化学療法で乗り切ろう

監修:紅林淳一 川崎医科大学付属病院乳腺甲状腺外科准教授
取材・文:増山育子
発行:2010年10月
更新:2013年4月

注目される白金製剤、分子標的薬

[白金製剤単独の効果]

シスプラチンによる術前療法(N=28)
pCR(病理学的完全奏効率)=21%
pPR(病理学的部分奏効率)=14%
SD(安定)=33%
PD(進行)=32%
(Garber J et al)
白金製剤療法の進行乳がんに対する有用性(後ろ向き研究)(N=24)
ORR(客観的奏効率)=38%
DOR(奏効期間)=5.8カ月
(Yi SY et al)

[抗HER1抗体併用の効果]

セツキシマブ+カルボプラチンによる進行乳がんの治療(N=71)
ORR(客観的奏効率)=17%
CB(有用性)=31%
(乳がんの応用研究コンソーシアム(TRCRC)001)
イリノテカン/カルボプラチン+セツキシマブによる進行乳がんの治療(N=39)
ORR(客観的奏効率)=49%
(US Oncology)

前述したとおりトリプルネガティブ乳がんに有効な化学療法のレジメンはまだ確立されていない。そのためさまざまな薬剤がリストアップされ、現在、臨床試験も数々進行中だ。なかでも有望なのが白金製剤と分子標的薬である。

まず白金製剤では、紅林さんによると「通常の乳がんと違って、トリプルネガティブ乳がんはDNAの傷害を強くおこす抗がん剤が効くかもしれないとして、ブリプラチンやランダ(一般名シスプラチン)、やパラプラチンなど白金製剤を使うことが考えられます。シスプラチン単独ではpCR率が20パーセント程度です。単独でそれだけの効果としては良好だといえるでしょう。パラプラチンは単独で使われることはなく、ジェムザールと併用すると再発例で3~4割効くという報告があります」

また、トリプルネガティブに発現率の高いHER1をターゲットにした薬剤の臨床試験も行われている。アービタックス(一般名セツキシマブ)という分子標的薬に抗がん剤(パラプラチン、トポテシン)をプラスした場合の効果を見ているが、現在のところ成績は振るわず、未知数である。

次々に開発される治療薬

[トリプルネガティブ乳がんに対するBSI-201の効果]

  ジェムザール/
パラプラチン
(n=44)
BSI-201+
ジェムザール/
パラプラチン
(n=42)
P値
客観的奏効率  7(16) 20(48) 0.002
有用 9(21) 26(62) 0.0002
無進行生存率の中央値 3.3 6.9 <.0001
全生存率の中央値 5.7 9.2 0.0005
2008.9.30以前から臨床試験に参加している患者さん、薬剤への反応と病気の進行の裏付けをもった患者さんを含む

DNA障害の修復にかかわる酵素をブロックするPARP-1阻害薬という薬があるが、その中の1つBSI-201という薬が、トリプルネガティブに効果が高いことが基礎研究で明らかになり、臨床試験が行われた。その結果、ジェムザールとパラプラチンの併用にBSI-201を加えた群と加えない群を比較すると、BSI-201を加えたほうが再発例でジェムザール+パラプラチンよりも生存期間が2~3倍伸びたと報告され、注目を集めている。

また、Src阻害剤という、トリプルネガティブで活性を受けている細胞のシグナル伝達の1つをブロックする薬も開発されている。その1つであるスプリセル(一般名ダサチニブ)は慢性骨髄性白血病の治療薬だが、これを乳がんに応用しようとしている。基礎研究でトリプルネガティブに対する感受性が高いことがわかり、ようやく臨床試験が始まった。紅林さんの感触では劇的に効くケースがあり、将来期待が寄せられるものの1つだという。

そのほかにはVEGF(血管内皮細胞増殖因子)をターゲットにするアバスチン(一般名ベバシズマブ)。がん細胞が栄養をとるために血管を新しく作るのを阻止し、がん細胞の増殖を防ぐ血管新生阻害薬だ。アメリカでの試験で良好な成績が報告されている。

「これらの薬が日本の臨床現場で使えるようになるのはまだ先でしょう。しかし期待される薬剤であることは確かで、これまで打つ手がなかったトリプルネガティブに希望が出てきています。トリプルネガティブに特異性が高い分子標的薬が使えるようになれば将来的には展開が変わってくるかもしれません」

[現在臨床試験中のトリプルネガティブ乳がんに有効な分子標的薬]
図:現在臨床試験中のトリプルネガティブ乳がんに有効な分子標的薬

トリプルネガティブに有効な分子標的薬の登場に期待がかかるLancet Oncol 2007; 8: 235

あきらめないで治療をする

「トリプルネガティブとひと口に言っても、おそらく5~6種類に分類されると私は考えています。トリプルネガティブは一枚岩ではないということは認識しておく必要があります」と紅林さんは強調する。

[トリプルネガティブ乳がんの多様性]
図:トリプルネガティブ乳がんの多様性

トリプルネガティブも、数種類に分けられることがわかってきた

たとえばトリプルネガティブのうち、PARP-1阻害薬が効くのは3~4割で、残りは効かないわけだが、その効かなかった6~7割の人はほかの薬に高い感受性を示すかもしれないということだ。

だから、あきらめずに有効とされる薬を次々に使っていくのがいいようだ。

「将来的にはトリプルネガティブ乳がんの個別化を進めていくことが重要でしょう。同じトリプルネガティブといえどもそれぞれの患者さんで効く薬が違うわけで、個別化が進めば効く薬を選択できる可能性が広がっていきます。その患者さんのがんの性質がより詳細にわかればそれに合わせて薬を選ぶことができる。そうなるのがベストでしょう」

昔は単に「乳がん」だったトリプルネガティブ。なにをやっても効かないとされてきた乳がんは「トリプルネガティブ乳がんでも、あきらめないことが肝心」とわかり、それに応じた治療へと向かった。が、その先に行くためにはトリプルネガティブのなかでタイプを細かく分類する必要があり、最終的には1人ひとりの患者さんのがんに合わせて治療するのが理想的だと紅林さんは言う。さらなる進歩を求めたい。

1 2

同じカテゴリーの最新記事