基本は抗がん剤治療。アバスチンなど新たな分子標的薬が有効とのデータも 決してあきらめないで。トリプルネガティブ乳がんの最新治療
トリプルネガティブは術前の抗がん剤治療が重要
では、トリプルネガティブの治療に関して何が重要なのだろうか。
「全てのがん治療に共通することですが、とくにトリプルネガティブの場合は、術前の抗がん剤治療が非常に重要になります。目の前のトリプルネガティブの患者さんが、どの抗がん剤が効くのかを判断するのが難しいからです。ですから、2カ月間抗がん剤治療をして、その成果が表れなければ、薬を変えるなどフレキシブルに対応して治療にあたる必要があります。また、術後の再発防止などに対しても同じです。予後のためにも、術前の抗がん剤治療に積極的に取り組んで欲しいと思います」
アバスチンが有効との結果も
さらに最近では、血管を新しくつくり、がん組織に栄養と酸素を運搬する因子「血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGF)」を阻害し、がん細胞の増殖を防ぐ血管新生阻害剤のアバスチン(一般名ベバシズマブ)を使った治療が、アメリカで良好な実績をあげているという。
戸井さんは、アメリカの大学で分子標的薬の開発に携わってきた経験を活かして、京都大学医学部付属病院においても分子標的薬での治療に力を注いでいる。その戸井さんが、アバスチンを用いたトリプルネガティブの治療について次のように説明してくれた。
「アメリカでは、すでにアバスチンとタキソール(一般名パクリタキセル)を併用して投与したほうが、病態が悪化しないで生存期間が有意に延長するというデータが出ています。
また、術後補助療法でのアバスチンの抗腫瘍効果の検討や、ホルモン剤とアバスチンの併用についての検討なども行われています」
しかし、トリプルネガティブに対して、有効な実績があがっていると言われるアバスチンだが、まだ日本では認可されていない。
「認可はまだですが、5年以内には、非常に有効なデータが得られるはずです」と戸井さん。ただし、「ひと口にトリプルネガティブと言っても、さまざまな要因の集合体ですから、当然、アバスチンが効かない場合もあること���、しっかり認知しておく必要があります。アバスチンが認可されて使えるようになったからといって、トリプルネガティブが必ず治るというわけではありません。ただし、今よりも治療の選択の幅が広がることは間違いありません」
ちなみに世界的には、アバスチン以外にも、血管新生阻害剤のパゾパニブ(一般名)やキナーゼ阻害剤(タンパク質にリン酸をくっつけることを阻害する薬剤。タンパク質がリン酸化することでがん細胞は増殖し始める)のスーテント(一般名スニチニブ)やネクサバール(一般名ソラフェニブ)、また分子標的薬であるタイケルブ(一般名ラパチニブ)といった、さまざまな薬を用いたトリプルネガティブの治療に対する臨床試験も進められている。
「アバスチンをはじめ、これらを使った研究を京都大学で行っています」(戸井さん)。
ベーサル型かノンベーサル型かを見極めることが重要
トリプルネガティブの診断において重要なのが、その発生因子によって、大きく基底細胞様(ベーサル型)か、それ以外のノンベーサル型かどうかの判断である。トリプルネガティブは、主にベーサル型と呼ばれるタイプによって構成されているからだ。
「ベーサル型かノンベーサル型か、どちらかによって、予後と再発が違ってきますから、それを見極めて治療する必要があります。ちなみに現在では、マイクロアレイ(DNAチップ)などによって、どのタイプの乳がんであるかが正確に分かるようになっています。
確かにトリプルネガティブの乳がんは、悪性度の高い乳がんかもしれませんが、手術時から再発までの期間については、他のタイプの乳がんとまったく違うわけではありません。ですから、例えベーサル型だと判断されても、過剰な心配はしないでください」
先述のように、トリプルネガティブ治療の基本は、抗がん剤を使った化学療法となるが、トリプルネガティブのように、本来ならば攻撃対象となる3つの因子が存在しないものには、通常の乳がんの抗がん剤は効きにくい。
「ですから、他の乳がんに比べて、トリプルネガティブの場合は、適切な抗がん剤治療を的確に行う必要があります。どの抗がん剤がどのように効くのか。それを探りながら投薬しなくてはならないからです。こうした理由もあって、もしトリプルネガティブと診断された場合、専門医の指示に従う必要があるでしょう」と戸井さんは言う。
何をやっても駄目なわけではない
(無再発生存期間)]

[トリプルネガティブ乳がんに対する化学療法、ホルモン療法の効果
(生存期間)]
トリプルネガティブは、予後が悪いため、2~3年以内に再発・転移する確率が高いデータが出ている。また、遠隔転移のピークも、3年以内にある。しかし、だ。4年目から、急に再発率は落ち、それを越えれば再発は少なくなるというデータもある。
「ですから、トリプルネガティブと判断されても、絶対に諦めないでください」と戸井さん。
最後にトリプルネガティブの治療の将来性について、戸井さんは次のように語る。
「例えば、以前は難治性の乳がんだったHER2陽性の乳がんも、ハーセプチンが開発されたことで飛躍的に治療実績が上がったように、乳がん治療は、この20年で最も進んだ分野と言っていいでしょう。
また手術方法も、全摘手術から温存手術が増えていますし、薬物治療も各々の“がんの個性”を見極めながら行え、多くの選択肢が出てきました。こうした現状を踏まえると、トリプルネガティブは、確かにホルモン治療もハーセプチンも効かないタイプの乳がんですが、決して何をやっても駄目なわけではありません。
確かに手強いがんも少なからずありますが、化学療法は有効であり、また現在、世界中の医療関係者がトリプルネガティブの治療法を見つけ出そうと必死になっています。ですから“ネガティブ”という言葉が持つ否定的な響きに惑わされずに、希望を持って治療に当たって欲しいと思います」
●他の乳がんとは異なったタイプのがん ・若い年代に多く見られる ・腫瘍の増殖が速く、悪性度も高い傾向 ●一般的に予後が悪い ●VEGF阻害剤の開発など新たなアプローチが必要 |
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