乳がん治療にも免疫チェックポイント阻害薬が登場! トリプルネガティブ乳がんで承認、さらに――

監修●尾崎由記範 がん研有明病院乳腺内科副医長
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年2月
更新:2021年2月


PD-L1発現の有無に関わらず効果が!

早期トリプルネガティブ乳がんの臨床試験結果から見えてきたことに、特記すべきことが2点ある。

1つは、「KEYNOTE-522試験」でも「IMpassion031試験」でも、早期に関しては、PD-L1発現の有無に関わらず、免疫チェックポイント阻害薬併用のほうが明らかな上乗せ効果があったことだ。再発・進行トリプルネガティブ乳がんに対する免疫チェックポイント阻害薬併用に関しては、PD-L1陽性でないと上乗せ効果は出なかった。これはなぜなのだろうか。

「その理由はまだ十分には解明されていません」とした上で、尾崎さんはこう続けた。

「早期の患者さんは術前治療として行うので、それ以前には抗がん薬などの治療が何も入っていません。つまり、患者さんの全身状態はもちろん、免疫状態も良いということがあるのです」

そもそも、抗がん薬と免疫チェックポイント阻害薬を併用すると、体の中で何が起きるのだろう。

「まず抗がん薬ががん細胞を叩いて、がん細胞が壊れます。すると、断片化したがん細胞の表面や中身(タンパク質など)が出てきて、周囲の免疫細胞がそれを認識し、がん細胞を攻撃しやすくなるという免疫システムの考え方があります。そこに免疫チェックポイント阻害薬を併用することで、免疫細胞が、よりがん細胞を攻撃しやすくなるというメカニズムです」

もちろんPD-L1陽性ならば、免疫細胞を活性化させる効果が期待できるが、たとえPD-L1陰性だとしても、術前ゆえに全身状態、免疫状態がともに良く、抗がん薬にも免疫チェックポイント阻害薬にも反応が表れやすいことが考えられるのだと言う。

「さらに……」と尾崎さんは続けた。

「PD-L1は変化するのです。そのときの腫瘍やその周りの免疫細胞の状態によって、陰性だったものが陽性に変わることがあり得ます。とくに術前の場合、免疫チェックポイント阻害薬や抗がん薬に刺激されて、陰性が陽性に転じることが十分にあり得ると考えられます」

ならば、再発・進行トリプルネガティブ乳がんの場合も同じことは起こらないのだろうか?

「もちろん、再発・進行トリプルネガティブ乳がんについても、PD-L1陽性群とPD-L1発現を問わない集団とに分けて解析されました。その結果、PD-L1陽性群とそうでないかで、明らかな差が出たのです。

再発・進行の場合、それまでに既に手術や抗がん薬治療も行ってきた患者さんなの���、全身状態や免疫状態が術前の患者さんより弱くなっていると考えられます。ゆえに、どうしても抗がん薬や免疫チェックポイント阻害薬への反応も弱くなっていて、上乗せ効果も得られにくくなるのでしょう。現時点では、その境目をPD-L1陽性であるか否かで判断しています」

つまり、「PD-L1発現の有無を問わない」は、早期ゆえの利点のようだ。

リンパ節転移があったほうが上乗せ効果が高い?!

もう1つ、早期トリプルネガティブ乳がんの2つの臨床試験「KEYNOTE-522試験」と「IMpassion031試験」から、「リンパ節転移があったほうが、免疫チェックポイント阻害薬併用の上乗せ効果が高かった」ことが見えたと言う。リンパ節転移、つまり早期の中ではステージが高いほうが、免疫チェックポイント阻害薬併用による上乗せ効果が大きいということ。これはどう考えらえるのだろうか。

「リンパ節という場所は、腫瘍を叩く免疫細胞である〝リンパ球〟のいわゆる教育の場になっていると考えられています。だから、リンパ節にまでがんが広がった状態のほうが、かえってリンパ球の教育がうまくいくのではないか、と私は推測しています」と尾崎さん。

乳がんの中には、原発巣に免疫細胞(リンパ球)が入りにくい場合も多いそうだ。だから、リンパ節に転移したがん細胞、つまり腫瘍局所ではなく外に出ているがん細胞のほうがリンパ球にとっては認識しやすく、ゆえに、免疫チェックポイント阻害薬の効果を得やすいのではないか、といった考え方だ。

「ただ、これはまだ十分に解明されていない部分であり、さらなる研究が必要です」と尾崎さんは付け加えた。

もちろん、再発リスクを考えると、リンパ節転移はないほうがいい。ただ、病理学的完全奏効(pCR)の数値だけで捉えると、リンパ節転移があったほうが免疫チェックポイント阻害薬の上乗せ効果が高かった、ということだ。言い換えれば、「たとえリンパ節転移があっても、早期であれば、十分に免疫チェックポイント阻害薬併用による効果で完全奏効に持ち込める可能性が高い」と言えるだろう。

ちなみに、リンパ節転移があるほうが免疫チェックポイント阻害薬併用効果が高いのだとすれば、それこそ、リンパ節郭清(かくせい)をする前、つまり手術前にこそ免疫チェックポイント阻害薬を使用すべきなのではないだろうか?

「その仮説は、多くの医療者が持っています。ただ、まだ証明されていないのです。これから仮説に基づいて、臨床試験を重ねていくことになると思います」

ホルモン受容体陽性、HER2陽性乳がんへの動きは?

トリプルネガティブ乳がんに対する免疫チェックポイント阻害薬併用は、すでに承認されたテセントリクを含め、近い将来、進行・再発、早期ともに大きな進展が見られるだろう。では、他のタイプの乳がんに対してはどうなのだろうか。

「ホルモン受容体陽性、HER2陽性乳がんについても、現在、いくつかの臨床試験が行われています。トリプルネガティブ乳がんに対する有効性が順調に出てきているので、今後、他のタイプの検証も加速的に進むと思います」と尾崎さんは語る。

ちなみに、尾崎さんが中心で進めている医師主導治験(第Ⅱ相臨床試験)で、再発・転移の進行乳がんに対し、オプジーボ+タキソール+アバスチン(一般名ベバシズマブ)3剤併用を行ったところ、とくにホルモン受容体陽性タイプに大きな効果が得られたそうだ。

この結果を受けて、同じくホルモン受容体陽性の再発・転移の進行乳がんを対象に、テセントリク+タキソール+アバスチンの第Ⅲ相試験が国内で準備されており、来年から始まる予定とのこと。

2021年、乳がん治療にも本格的に免疫チェックポイント阻害薬の足音が聞こえてきたと言えるだろう。乳がん治療の今後に、さらに大きな期待を寄せたい。

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