PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬に続く トリプルネガティブ乳がんに待望の新薬登場!

監修●岩田広治 名古屋市立大学大学院医学研究科臨床研究開発学分野特任教授
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2024年12月
更新:2024年12月

「トロデルビは臨床現場では非常に期待される薬ですし、米国、欧州では3年前から使われている薬剤で、やっと日本の患者さんにも使えるようになったということは朗報です」と語る岩田広治さん

日本の乳がん罹患者は年々増加し続けています。中でもトリプルネガティブ乳がんは、これまで使える薬剤が少なく、従来の細胞障害性の抗がん薬が長い間主流でした。ここ何年かで、PARP阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬が承認され、トリプルネガティブの薬物療法が加速的に進んできました。そして、今年の9月、新薬のトロデルビが承認されました。

そこで今回、名古屋市立大学大学院医学研究科臨床研究開発学分野特任教授の岩田広治さんに新しく承認された新薬について伺いました。

トリプルネガティブとはどのようなタイプの乳がんですか?

乳がんの治療は、開始する前に自分のがんがどのような性質を持っているかを調べることにより、今後の治療方針が決まります。その分類は、ホルモンの刺激でがんが増殖するタイプ(ER:ホルモン受容体陽性)か、がん細胞の表面にHER2タンパク質が発現しているか(HER2受容体陽性)によって、さらにはがんの増殖能力を表すKi67の数値を合わせて、4つのサブタイプに分類されています。

「5つに分けたり4つに分けたりいろいろですが、基本はホルモン受容体が陽性かどうか、HER2タンパクが発現しているかどうかで乳がんのサブタイプを分けています」と名古屋市立大学大学院医学研究科臨床研究開発学分野特任教授の岩田広治さんは述べます(図1)。

ホルモン受容体もHER2もすべて陰性のタイプをトリプルネガティブ(TNBC)といいます。このタイプの割合は、乳がん全体の約10%といわれています。日本の乳がんの罹患者は年間10万人弱ですから、1万人弱の方がトリプルネガティブのタイプになります(図2)。

また、トリプルネガティブは他のタイプに比べて悪性度が高く、5年生存率を見てみると、他のタイプの乳がんがⅠ期では100%なのですが、トリプルネガティブは90%。Ⅲ~Ⅳ期の場合は55%に対してトリプルネガティブは30%と低くなっています。薬物療法も以前は、細胞障害性の抗が��薬しかなく、転移・再発すると平均1年ほどしか予後はありませんでした。

しかし、2018年7月化学療法歴のあるBRCA遺伝子変異陽性、HER2陰性の再発乳がんにPARP阻害薬のリムパーザ(一般名オラパリブ)が承認されました。また、2019年9月には進行・再発、PD-L1陽性に対し、免疫チェックポイント阻害薬のテセントリク(一般名アテゾリズマブ)が承認されています。

テセントリクと同じように、キイトルーダ(一般名ペムプロリズマブ)もPD-L1陽性の進行・再発乳がんに適応されています。そして、2022年9月にはキイトルーダがハイリスク早期乳がん患者さんに対して、PD-L1の有無を問わず、術前化学療法と併用して使えるようになりました。

「今年の1月にリムパーザと同じPARP阻害薬のターゼナ(一般名タラゾパニブ)が承認されていますし、ここに来てトリプルネガティブ乳がんの薬物療法が加速的に進んできました」

このような状況の中で、トロデルビ(一般名サシツズマブ ゴビデカン)が今年(2024年)9月、化学療法歴のある手術不能・再発トリプルネガティブ乳がんの治療薬として承認されました(図3)。

トロデルビはどのような作用の薬ですか?

「トロデルビは、Trop-2(トロップ2)ADC(Antibody Drug Conjugate:抗体薬物複合体)といわれるもので、抗体と細胞障害性の抗がん物質を結合させた薬剤で、3つのパーツからできています。1つはTrop-2に結合する抗体部分、もう1つは小さなペイロード(細胞障害性の抗がん物質)と、この2つをつなぐリンカーと呼ばれている物質です」

がん細胞に発現しているTrop-2タンパクに選択的に結合する抗Trop-2抗体に結合して抗がん薬イリノテカンの活性代謝物SN-38が直接がん細胞内に取り込まれて、リンカーから切れたSN-38ががん細胞を攻撃します。HER2陽性乳がんに使われているエンハーツ(一般名トラスツズマブ デルクステカン)と同じ作用機序の薬剤ですが、結合する抗体と抗がん物質が異なっていて、エンハーツはハーセプチン部分が抗HER2抗体に結合して、がん細胞内でデルクステカンががん細胞のDNAを切断します。ですからHER2受容体が陽性のタイプにしか使えません。

なぜ、ADCは効果を発揮できるのでしょうか?
「がん細胞の膜の中に取り込まれると、リンカーに結合していた抗がん物質が切れて、細胞の中でフリーになってがん細胞を破壊するのです。がん細胞の中へ狙い撃ちにできるため、濃度の高い抗がん薬を使うことができます。そのため、がん細胞に対する効果も高くなるのです」

また、「バイスタンダー効果」といわれる、薬物が直接入り込んだがん細胞だけでなく、そのまわりにあるがん細胞にもペイロード(細胞障害性の抗がん物質)が透過して、がん細胞により大きなダメージを与えることができるのです。

Trop-2とは?
Trop-2は、ヒトの正常細胞にはあまり発現していませんが、多くのがん種で広く発現しており、とくにトリプルネガティブ乳がんでは80%以上発現しているといわれるタンパク質で、トロデルビはTrop-2を標的とした日本で初めてのADCです。

「他のがんでも発現していますし、トリプルネガティブ乳がんだけではなくて、乳がんであれば、ルミナールタイプのホルモン受容体陽性、HER2陰性でも発現しています」

Trop-2が多く発現していると効果が高い?
「ASCENT試験がグローバルで行われて、その結果、通常の化学療法に比べて、トロデルビの有効性が認められたということです。臨床現場ではすごく期待される薬剤ですし、米国、欧州ではすでに3年前から使用している薬剤で、やっと日本の患者さんにも使えるようになったのは朗報です。それに、Trop-2の発現量が多く発現していてもいなくても有効性に差がないということです。ですから今回、Trop-2が発現しているかどうかを調べなくても、転移・再発のトリプルネガティブ乳がんならすべてに使えます」

ASCENT試験はどのような試験ですか?

「ASCENT」試験は、トリプルネガティブ乳がん患者さん529名(前治療で2レジメン以上化学療法を行った人が対象)が参加した国際無作為化第Ⅲ相試験です。

トロデルビ(267例)群と医師の選択による治療(単剤化学療法群262例)に無作為に割り付けられました。

主要評価項目は評価時に脳転移が認められなかった集団(BM Neg集団)を対象とした無増悪生存期間(PFS)です。

トロデルビ群のPFSは、4.8カ月で化学療法群1.7カ月と比較して有意に改善しました。また、全生存期間(OS)は11.8カ月 vs. 6.9カ月で約5カ月延長しました。2年OS率はトロデルビ群20.5%、化学療法群は5.5%でした。

加えて、脳転移の有無を問わない全体集団を対象としたPFS、OS、客観的奏効率(ORR)を副次的評価項目として評価したところ、トロデルビ群の全体集団を対象としたPFS、OS、ORRは化学療法群と比較して統計学的に有意な改善を示しました。

「ASCENT-J02」試験について
ASCENT試験には日本人が参加していなかったため、日本人での有効性と安全性について化学療法との比較試験ではなくて、トロデルビ単独の第Ⅱ相試験が行われました。

トリプルネガティブ乳がん患者さん36名について主要評価項目をORRとし評価しました。結果は、ORRは25.0%(95%信頼区間:12.1,42.2)でした。また、独立判定によるPFSについて副次的評価項目として評価したところ、中央値は 5.6カ月(95%信頼区間:3.9,未達)でした。さらに、生存状況に関する追跡期間の中央値は6.1カ月でした。

「日本人でもトロデルビ単剤の有効性をみる試験を行った結果、ほぼASCENT試験と同じような有効性と安全性のデータが得られたため、今回認められました」(図4)

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