切除不能または再発乳がんの脳転移にも効果が HER2陽性乳がん治療薬「ツカチニブ」をFDA承認
脳転移に対しても予後が改善
その後の2020年5月には、米国臨床腫瘍学会(ASCO2020)で、「HER2CLIMB」の脳腫瘍に対する治療効果について、さらに報告された。
脳腫瘍患者291人(病勢進行174人、治療後安定117人)でのツカチニブ群とプラセボ群の比較の結果だ。
脳転移患者全員の中枢神経系(CNS)進行および死亡率リスクは、ツカチニブ群で68%減少した。
無増悪生存期間中央値は9.9カ月対4.2カ月だった(図4)。

全生存中央値は18.1カ月対12.0カ月といずれもツカチニブ群が優っていた。
頭蓋内奏効率は、ツカチニブ群がプラセボ群の2倍以上だった。
1年生存率は70.1%対46.7%。1年無増悪生存率は40.2%対0%だ。
治療後安定した患者では、ツカチニブ群とプラセボ群を比較すると、1年生存率67.6%だった。全生存期間中央値は15.7カ月対13.6カ月。リスクを12%減少した。
1年無増悪生存率は53.3%対0%とツカチニブ群が69%リスクを減らした。無増悪生存期間中央値は13.0カ月対5.6カ月だった。
病勢進行した患者では、1年生存率71.7%対41.1%で、ツカチニブ群で51%リスクを減少させた。全生存中央値は20.7カ月対11.6カ月だった。
1年無増悪生存率は35.0%対0%。無増悪生存期間中央値9.5カ月対4.1カ月という結果だった。
局所治療後、治療を継続して追跡した患者30例では、2回目の進行および死亡率リスクが70.8%減少した。
「いずれの報告も、ツカチニブを併用した群のほうが、予後が良好だということを示しています。しかも脳転移に焦点を当てた試験結果報告で、脳転移の患者さんの予後の改善に、ツカチニブは大きな可能性を持つということがわかった点は大きいです。HER2陽性患者さんの約5割程度は脳転移を発症しますので、この薬が使えるようになることは、該当する患者さんにとっては大きな福音になると思います」
乳がんの脳転移の標準治療は、全脳照射やピンポイントに患部に集中して照射する定位照射の放射線療法だ。
臨床現場でぜひ使いたいツカチニブ
脳転移の薬物療法に関しては、血液脳関門というところを通過できる薬がほとんどないため効果が期待できなかった。現在では、タイケルブという薬で効果がある程度期待できるが、なかなか難しいのが現状だ。その点でも、ツカチニブが使えるということは大いに意義がある。臨床現場で治療にあたる原さんたちもぜひ使いたい薬だと強調する。
「日本においては、現時点では残念ながらツカ���ニブは使えないのです」
製薬メーカーであるシアトル・ジェネティック社が大規模なグローバル企業ではないことをはじめ、さまざまなハードルによって、日本においての臨床試験の実施は、今のところ予定されていないそうだ。
しかし、臨床試験の実現を目指し、将来的にツカチニブが使えるようになることを期待したい。当事者やその家族、患者会などが声をあげることも効果があるだろう。
現在、HER2陽性の進行再発・転移乳がんの治療は進化を続けていて、エンハーツ(一般名トラスツズマブデルクステカン)という薬が承認された。
HER2陽性の進行再発・転移乳がんで、2つ以上の抗HER2薬による治療を受けた患者を対象にした国際的な第Ⅱ相試験『DESTINY-Breast01』という試験の結果、60.9%の患者で腫瘍が縮小し、14.8カ月効果が持続し、16.4カ月無増悪生存期間が維持された。2020年5月、日本でも承認された。
「実はエンハーツは、HER2が低発現の人にも効く可能性があることが、初期の臨床試験結果から示されています。明確なエビデンス(科学的根拠)については、まだまだこれから報告される予定ですが、今後もさらなる適応拡大に大いに期待してもよい薬です」
また、ツカチニブに関してもさらなる適応拡大に向けて現在、術前化学療法を受けた後、病理学的完全奏効(pCR)が得られなかった人に対して、従来の治療にツカチニブを上乗せするという試験も海外ではあるが行われている。その結果もまた大いに期待されているという。
乳がん患者は、勉強熱心な人が多いが、自分にとってメリットとなる情報は常に入手し、主治医に相談すべきだろう。
長期生存が期待でき、〝がんサバイバー〟の代表的存在ともいえる乳がん患者の皆さんにとって、福音となる治療がますます増えることを切に願いたい。
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