HER2発現の少ないHER2-low乳がんにも使用可能に 高い効果で注目のエンハーツ
恩恵を受けるHER2-low患者さんはどれくらいですか?
HER2-lowの手術不能または再発乳がんに対してエンハーツが適応になったことで、かなりの乳がん患者さんがこの治療を受けられることになります。
図3は2022年のASCO(米国臨床腫瘍学会)における発表で、HER2陽性、HER2-low、HER2陰性乳がん患者さんの割合をグラフにしたものです(図3)。

HER2陽性とHER2-lowを合わせると、乳がん患者さんの6~7割になります。そのすべてがエンハーツの対象になりますから、HER2-low乳がんが適応になったことは大変大きいと思います。それはホルモンが陽性でも陰性でも、あるいはトリプルネガティブと診断されている患者さんにも、この治療を受けられる人がいる可能性があるということです。
病理検査も変わると思います。これまではIHC(3+)でなければ効果のない薬剤しか存在しなかったので、病理検査もIHC(3+)とIHC(2+)の違いだけを慎重に検査してきましたが、今後はそれに加えIHC(1+)かIHC(0+)かも慎重に見ていくことになるのではないかと思います。
図3のIHC(2+)についてはISH法という遺伝子検査をプラスし、陽性ならHER2陽性、陰性ならHER2陰性とみなすことになっていました。ですが、今後はどちらもHER2-lowとなりエンハーツの適応になります。
日本ではIHC(0+)と診断されると、エンハーツは使えません。しかし、これまでIHC(0+)と診断された症例においても、わずかながらHER2が発現しているのではないかと、研究が急速に進められています。
エンハーツで気をつけるべき副作用は?
エンハーツは切れ味のいい新しい武器ですが、どの薬にも言えることですが、副作用には注意が必要です。
エンハーツの開発段階から懸念されていた副作用は間質性肺炎です。とくに日本人は間質性肺炎が出やすく、少しでも肺に影が出れば使用中止し、これまでは二度と使用できませんでした。実際、日本人はどの薬剤についても、間質性肺炎での死亡が諸外国に比べて明らかに多いのです。これは人種差だろうと思います。そうした背景があり、日本だけが少しでも肺に影が出ると使用中止になりました。
しかし、2022年11月から副作用重篤度分類のグレード1であれば、よく観察しながら使用できるようになりました。グレード1は、ほとんど症状がありませんから、「せっかく効果が出始めたのに、なぜやめなければならないのか」という思いが出ます。ですから、使用できるようになったのは、臨床医からの要望が高かったから、と推察しています。
そのほかの副作用としては吐き気、倦怠感、好中球減少など。たしかに副作用は少ないですが、がん細胞から薬物が沁み出すとどうしても漏れますし、血管に入ることもあります。薬物の半減期は24時間以内と短いですが、HER2は正常細胞にもある程度発現していますから、副作用はゼロというわけにはいきません。
今後の療法はどのように変わっていきますか?
実際に、1次治療(ファーストライン)の臨床試験は今、世界で行われています。
たとえば、「DESTINY-Breast09試験」です。HER2陽性の転移乳がんに対する1次治療として、①エンハーツ単剤投与、②カドサイラと抗HER2薬パージェタ(一般名ペルツズマブ)併用投与、③タキサン系抗がん薬+ハーセプチン+パージェタ併用療法の3つを比較する国際共同無作為化第Ⅲ相試験です。
まだ登録中で結果は出ていませんが、エンハーツは10以上の臨床試験が同時に行われているので、近いうちに結果が出てくるのではないかと思います。
また、術後の再発予防についても、HER2-lowを対象に臨床試験が行われています。これは比較対象がカドサイラです。
エンハーツは転移・再発乳がんの治療を大きく変えつつあります。そして現在、エンハーツに関する多くの臨床試験が行われていますので、その結果によっては乳がんの治療も大きく変わるでしょう。
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