渡辺亨チームが医療サポートする:副作用対策編

取材・文:林 義人
発行:2007年11月
更新:2019年8月

脱毛、口内炎、更年期障害の苦しみは、こうして乗り越えた

 持田百合子さんの経過
2006年
7月14日
右乳頭の外側にしこりがあることを自分で発見
21日 「ステージ2bの乳がん」と診断
9月4日 右乳房の切除手術
8日 ホルモン受容体、HER2受容体陰性で、CEF→D療法が推奨される
13日 第1回目のCEF点滴
28日 脱毛が始まる
12月6日 1回目のタキソテール点滴
2007年 2月7日 CEF→D療法終了

CEF→D療法を受け始めた持田百合子さん(46歳)。やがて激しい脱毛が始まり大きなショックを受けた。
加えて、さらに厳しいタキソテール治療。更年期症状も現れ無月経にもなったが、家族の励ましでなんとか窮地を乗り切ることができた。そして新しい人生を歩み出す意欲を取り戻した。
「やれるだけのことはやった。だからがんのことは忘れよう」と。

(ここに登場する人物は、実在ではなく仮想の人物です)

予期していたものの、ショックが大きかった

最初のCEF療法の点滴のためN病院を外来受診し、待合室で待っているとき、百合子さんは「そうだ。右腕のリハビリをしなくては」と思い出した。右乳房の乳がんで切除手術を受けたあと浅田看護師から、「腕を動かす訓練をしてくださいね」といわれていたが、入院中は治療費を捻出したり、友人たちの見舞いに対応したりとあわただしくてすっかり忘れていたのだ。

入院中は、大学2年生の長女めぐみさんと高校3年生の次女かおるさんが交替でほとんど家事をやってくれていた。

「2人とも遊ぶことばかり考えている子たちだと思っていたのに……」

百合子さんは、ちょっとうれしくて夫の高志さんにそんな話をした。

だから、術後の抗がん剤治療が始まっても、それほど苦になることはなかった。抗がん剤と同時に制吐剤を予防投与*1)しており、恐れていた吐き気もほとんど出なかった。治療前からの体重減もさほどなかった。

ところが、最初のCEF療法の点滴を行って10日目の土曜日の朝、百合子さんは体がだるく、ゾクゾクと悪寒を覚える。体温を測ってみると39.4度(*2発熱)。

「すぐにお医者さんに行ったほうがいいんじゃないの?」

めぐみさんはこう勧める。しかし、百合子さんは、医師からも看護師からも発熱の可能性について説明を受け、「38度以上の熱が出たら飲んでくださいね」と、シプロキサシンという抗生物質をもらっていた。

「この薬を飲んでおけば大丈夫よ」

白い錠剤の効果はたちまち発揮され、翌日には37度台まで下がっていた。

月曜日になって百合子さんは病院へ出かけ、発熱したことを高田医師に告げると、すぐに採血検査をされた。

「白血球が2000/マイクロリットル、好中球が1200/マイクロリットルまで下がっています。でも、熱は下がったのでもう心配はないでしょう。白血球も次の点滴のときまでには回復すると思います。あとは、脱毛が始まるでしょう」

「どうやらあまり問題なく抗がん剤を続けていけそうだわ」と百合子さんもほっとする。

それからわずか3日後、突然脱毛*3)が始まった。3日間のうちに、百合子さんが若いころ自慢にしていた黒髪がゴソッと抜けていく。そして、2回目のCEF療法の前日にはものの見事に無毛状態になっていた。鏡を見てあまりの惨状に、百合子さんはふさぎこみたくなってしまった。

[抗がん剤の副作用の発現時期]

投与当日 1~2日 7~14日 14~28日 2~6カ月 数年
アレルギー反応
アナフィラキシー
めまい
発熱
血管痛
耳下腺痛
悪心・嘔吐
腎不全
不整脈
発疹
全身倦怠感
食欲不振
悪心・嘔吐
口内炎
下痢
食欲不振
胃部重感
臓器障害(骨髄、内分泌腺、生殖器、心、肝、膵、腎)
膀胱炎
皮膚の角化や肥厚
色素沈着
脱毛
神経障害
免疫不全
肺線維症
うっ血性心不全
2次発がん

抗がん剤で睫毛や眉毛まで脱毛

「お母さん、これを被ってくれない?」

10月3日、百合子さんの2人の娘が、それぞれ毛糸で手編した帽子を持って来た。CEF療法が始まるときからひそかに編み始めたものだそうだ。めぐみさんが編んだのは紺色、かおるさんのはピンク色。横側に大きく「YURIKO」と、名前まで入っている。

「ええーっ、私、こんなの被って街を歩かなければならないの?」

百合子さんはうれしそうな悲鳴を上げて見せ、思わず涙を流してしまった。

翌日2回目のCEF療法の点滴にN病院を訪れる。この日は、抗がん剤治療が始まる前から浅田看護師に用意しておくようにいわれたかつらをつけ、その上にかおるさんが編んでくれたピンク色の帽子を被っていた。

「まあ、可愛い帽子。ご自分で編んだのですか?」

浅田看護師が声を掛けた。

「いえ、高校に行っている娘が編んだのよ」

「持田さんにぴったり」

この日は点滴中に、脱毛に対するケア方法*4)をいろいろ聞いた。

10月中頃から、百合子さんは口の中にチクッとした痛みを感じる。口内炎*5)ができたことがわかった。そして、1週間くらいのうちに、それが次々に広がっていった。

我慢しきれなくなってN病院を訪れ、高田医師に相談すると、クリーム状の塗り薬を処方してくれた。これを塗ると口内炎は2週間ほどでかなり軽減した。

CEF療法の治療は11月15日に終わり、頭には産毛が生えようとしていた。「どうやら抗がん剤治療にも慣れてきたかな」。

そんな矢先のことだ。タキソテール(一般名ドセタキセル)の点滴をしだすと、それまでになかっただるさと疲労感を百合子さんは感じた。帰宅してもすぐに寝込んでしまうほどだった。 「CEFよりもっと厳しいな」というのが実感だった。12月20日頃には再び脱毛が始まり、生えかかっていた髪が抜けるとともに、睫毛や眉毛までが抜け始めたのだ。

明日を信じることができるようになった

2007年10月を迎えると、百合子さんの頭に新しい髪の毛が生えそろってきた。まだ細くてやわらかい赤ん坊のような髪だが、百合子さんはウキウキした気分になる。

高志さんが朝からゴルフに出かけた日曜日、百合子さんは茶の間で2人の娘を相手にコーヒーを飲んでいた。四方山話の中で、ふとめぐみさんが聞く。

「ところで、ママは生理が止まったままでしょ?」

百合子さんはちょっとビクッとした。

「まあ、がんの手術を受けたあと1回だけあったけど、抗がん剤が始まってから1回もないのよ。だいぶ経つわね。もう生理はないかもしれないわ(*6性機能障害)。顔がほてったり、急に冷えを覚えたりして更年期症状*7)も出ているみたいよ」

百合子さんは自分では忘れるようにしていたのに、娘から指摘されて改めて気になった。

12月になって百合子さんは2007年最後のフォローアップ検査のためにN病院を訪れた。外科のナースセンターをのぞくと浅田看護師がいる。

「ごめんなさい。またちょっと聞きたいことがあって……」

「あ、はいはい、いいですよ」

いつもの面談室で待つと、浅田看護師が現れる。

「何か変わったことでもありましたか?」

いつものように、明るい声。正直に胸の中を打ち明けられそう。

「あのう、私、ずっと生理がなくて……。それから、更年期みたいな症状もあるんです」

浅田看護師の声が、ちょっと小さくなる。

「そうですか。持田さんくらいの年齢の方が抗がん剤治療をすると、卵巣機能が止まって無月経になることが多いですね。急性だけでなくて慢性的なものもあります」

「ゆっくり現れるものもあるということですね」

「そうです。たぶん持田さんはちょっと早めに更年期になったのだと思います」

「そうですか。慢性障害として、ほかにどんなことが現れる心配がありますか?」

「肝臓障害や腎臓障害が現れることもあります。2次がん*8)の可能性もまったくないわけではありません。でも、これらはフォローアップ検査で十分チェックできます。持田さんにとっていちばん恐いのは、乳がんの再発ですから、それを抑える効果に比べれば、そうした慢性毒性の心配は小さいと思います」

「私ももうすぐ50。放っておいてもいろいろ病気を心配しなければならない年齢ですからね。肝臓が悪くなったりする心配は、乳がんにならなくてもある問題ですよね」

「まあ、持田さんもすっかりベテランの患者さんですね」

「きっと浅田さんからいろいろがんのことや治療のことを教わったからだわ」

「あら、今日は見たことがない色の帽子ね」

帽子を取りながら百合子さんは言った。

「これは、お姉ちゃんが作ってくれたほうの帽子なのよ。ほらもう髪もだいぶ元に戻ってきたでしょ?」

そう話しながら百合子さんは、自分の髪を浅田看護師に示した。このとき心の中でひそかに、小さな幸福感を噛み締めていた。

「やっぱり治療をちゃんと受けておいてよかったわ。苦しい治療に耐えたからこそ、明日を信じることができるのね」

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