渡辺亨チームが医療サポートする:副作用対策編
再発リスクの高い乳がんにはどんな術後薬物療法がいいか
渡辺亨さんのお話
*1 術後薬物療法
乳がんは、がんが完全に取り切れたと考えられる場合でも、すでに目に見えないがん細胞が全身に散らばっている可能性があります。これは微小転移と呼ばれるものです。そこで、治癒を目指すには、この微小転移を抑える必要から薬物療法が行われます。かつてこの治療は、「手術を補う」という意味で術後補助療法と呼ばれていました。最近では必ずしも補助的ではなく、手術や放射線照射といった局所療法と変わらない重要な位置を占めているという考え方から、術後薬物療法と呼ばれています。
術後薬物療法はどんな場合でも行われるわけではありません。リンパ節への転移、腫瘤の大きさ、組織学的悪性度、年齢などから、必要性が判断されます。なかでも重要なのはリンパ節転移の有無です。
乳がんの術後薬物療法には、ホルモン剤を使うホルモン療法、抗がん剤を使う化学療法、放射線治療などがあります。ホルモン受容体やHER2受容体の有無、がんがどのくらい進行しているかなどを調べて、どの薬剤を、どう組み合わせるかが決定されます。術後薬物療法は、世界中で数多くの無作為化比較試験(信頼性が最も高いとされる臨床試験)で再発率を低下させることが科学的に証明されています。
*2 リンパ節転移

がんが全身に転移するルートは、毛細血管に入って流れる血行性転移とリンパ液の流れに乗って進むリンパ行性転移との2つがあります。
脇の下や胸のリンパ節は乳がんがリンパ行性転移をするときの通り道です。ここに転移が見られれば同時に血行性転移を来たしている危険性が高くなり、また転移の数が多くなるほど再発の危険性が高いことがわかっています。
そこで乳がんの手術では、脇の下のリンパ節を切除して検査し、がんがどの程度進行しているかを予測する手段としてきました。
しかし、このリンパ節切除は、もう一方ではリンパ浮腫という合併症を引き起こすことが少なくありませんでした。そこで、リンパ浮腫発生の危険性を引き下げるために、最近ではリンパ行性転移のとき必ずがん細胞の通り道となるセンチネルリンパ節といわれる部分だけを切除して、転移の有無をチェックするようになりました。
*3 ホルモン受容体
乳がんの患者さんの60~70パーセントは、エストロゲン、プロゲステロンという女性ホルモンを栄養にして成長す���がん細胞を持ったタイプです。
このタイプのがん細胞は、エストロゲンまたはプロゲステロンを受け入れる窓口(受容体=レセプター)を持っています。そこで、手術でとった乳がん組織を検査して受容体が陽性の場合では、ホルモン剤の効果が期待できます。
*4 HER2
乳がんの患者さんの20パーセント前後は乳がん細胞の表面にHER2というタンパク質をつくる遺伝子をもっていて、このタンパク質ががん細胞の増殖に関係しています。ハーセプチンはHER2にくっつくことでがん細胞の増殖を抑える働きがある新しいタイプの薬剤です。そこで、HER2のある乳がんの術後化学療法としてハーセプチンが用いられるようになりました。ホルモン受容体が陽性の人はHER2が陰性であることが大半ですが、ホルモン受容体陽性で同時にHER2陽性という患者さんも、全体の10パーセントぐらいはいます。
*5 トリプルネガティブ
乳がんの患者さんのなかにはまれに、エストロゲン、プロゲステロンの受容体も、HER2も発現していないがん細胞を持った人がいます。これをトリプルネガティブ乳がんといいます。こうした乳がんはホルモン療法もハーセプチンも効果が期待できません。そのため、術後薬物療法の選択肢が少なく、現在、有効な抗がん剤が探索されているところです。
*6 アントラサイクリン系抗がん剤
乳がんの術後薬物療法は、従来、エンドキサン、メソトレキセート(一般名メトトレキサート)、5-FU(一般名フルオロウラシル)という3つの抗がん剤を組み合わせたCMF療法が標準的に用いられてきました。 これに対して、現在ではファルモルビシン(一般名エピルビシン)など、アントラサイクリン系と呼ばれる抗がん剤を含んだ多剤併用療法が標準になっています。CMF療法とアントラサイクリン系を含む治療法を比較する研究から、アントラサイクリン系を含む治療法のほうが優れているという結果が明らかになりました。
ただし、一般にアントラサイクリン系を含む治療法は脱毛、吐き気、白血球減少などの副作用は強い傾向があります。そのため、副作用に対する支持療法と、患者さん本人が治療を受けるという同意は不可欠といえます。
*7 CEF療法
エンドキサン、ファルモルビシン、5-FUの3つの抗がん剤を併用して行う治療法の名前で、それぞれの頭文字を取ってこの名前がついています。CEF療法の用法・用量にはいくつかの方法がありますが、1日に体表面積1平方メートルあたり、エンドキサシン500ミリグラム、ファルモルビシン60~100ミリグラム、5-FU500ミリグラムを点滴で投与して、これを3週間隔で、それぞれ4~6コース(クール、サイクルともいう)行うのが標準的な用法・用量とされています。エンドキサンは飲み薬の場合もあります。
CEF療法は副作用が強いために、点滴前の採血で白血球の減少などがあった場合にはその日は点滴をせずに、白血球数の回復を待って点滴を行うこともあります。その場合にはCEF療法のスケジュールはずれていきます。
CEF療法のうちファルモルビシンの投与を体表面積あたり100ミリグラムとしたものをとくにCEF(100)と呼んでいます。

*8 CEF→D療法

CEFにタキソテールを組み合わせた治療をCEF→D療法といいます。ヨーロッパで行われたPACS01試験と名付けられた臨床試験の結果、CEF→D療法は乳がんの再発予防の最強の治療法になりました。この試験は腫瘍がT4a以下で、乳房切除術とリンパ節郭清を行った18~64歳の乳がん患者1999例を対象に、術後FEC療法を3週毎に計6サイクルを行う群(CEF群)またはCEF療法を3週毎に計3サイクル後タキソテールを3週毎に計3サイクル行った群(CEF→D群)に無作為に割り付け、無病生存期間や生存期間を比較した研究です。追跡期間の中央値が60カ月を過ぎた時点で5年無病生存率はCEF群73.2パーセント、CEF→D群78.4パーセントと有意差が認められました。すなわち乳がんの術後にCEF療法の6サイクルを行うよりは、CEF療法3サイクルを行い、その後、タキソテールを3サイクル行うほうが治療成績がよいことが示されたわけです。

*9 CEF→D療法の副作用
CEF療法の副作用には吐き気、脱毛、口内炎、白血球減少、貧血、血小板減少、爪の変形・着色、生理不順、肝臓・腎臓・心臓の機能障害などがありますが、副作用の出方には個人差があります。CEFに含まれるアントラサイクリン系の抗がん剤ファルモルビシンを使い続けると、心機能障害が起こる可能性が出てくるので、CEF療法を継続するのには相当慎重な管理が求められます。タキソテールにも、たくさんの副作用が報告されています。代表的なものは、骨髄抑制、末梢神経障害、麻痺、心筋梗塞、心不全、脳卒中、肺水腫、悪心、嘔吐、下痢、皮膚疾患、脱毛などです。とくに脱毛は必発で、女性の患者さんはかつらを用意してもらうことが少なくありません。