渡辺亨チームが医療サポートする:副作用対策編

取材・文:林 義人
発行:2007年11月
更新:2019年8月

抗がん剤の副作用の誤解が解け、闘病意欲を燃やす

渡辺亨さんのお話

*1 EBM

EBMはエビデンス・ベースド・メディスン(Evidence Based Medicine)の略で「科学的根拠に基づく医療」という意味です。どういう治療法にどういう治療効果が期待でき、どういう副作用がどういう割合で起こりうるか、ということが臨床試験によってきちんと確かめられた治療を行うということです。医師は、自分が行う治療に関して、それがどんな科学的根拠を持つのかを知っている必要があり、それを患者さんやその家族にわかりやすく説明する義務があります。

がんの術後薬物療法についても、それがどんな目標を持った治療なのか、どういう効果をもたらすのかということを示さなければなりません。それを明らかにできないまま漫然と治療を行ったり、医師の限られた経験に基づいて治療法を選ぶようなことは、けっして患者さんのための治療とはいえないでしょう。EBMは患者さんの幸福を考えた医療ともいえるのです。

*2 支持療法
[患者から見たがん治療の苦痛度順位]

  • 嘔吐
  • 悪心
  • 脱毛
  • 治療に対する不安
  • 治療期間の長さ
  • 注射による不快感
  • 呼吸が速くなる
  • 全身倦怠感
  • 睡眠不足
  • 家族に与える影響
  • 仕事ができないことによる焦燥感
  • 心のよりどころを求めてのトラブル
  • 不安と緊張感
  • 抑うつ感
  • 体重減少

当面の患者さんの身体症状を緩和したり取り除き、同時に精神的な苦痛も取り去るようにして、現実を乗り越えられるように支えるのが支持療法です。とくにがん治療では、疼痛の管理や、抗がん剤の副作用の管理、栄養管理、心理面の管理など、幅広い面からの支持療法が必要です。

抗がん剤の副作用も、骨髄機能抑制、吐き気・嘔吐、脱毛、下痢・便秘等、様々なものが現れることが考えられますが、これらを抑えたり、コントロールする支持療法が発達してきました。医療側が患者さんの抱く苦痛、不満、恐怖などを理解し、患者さん側が納得を得られるように、お互いの間で十分なコミュニケーションを成立させることなども、重要な支持療法となります。


*3 骨髄機能抑制と好中球減少

がん細胞は正常細胞より細胞分裂が速く、抗がん剤は基本的にこの性格を狙い撃ちにする薬剤です。そのため、髪の毛を作る毛母細胞や血液を作る骨髄など、他の部位の細胞より分裂速度の速い細胞が抗がん剤の副作用を受けやすいのです。血液の製造工場である骨��が抗がん剤のダメージを受けて働きが悪くなることを骨髄機能抑制と呼びます。骨髄の働きが低下することによって、赤血球、白血球、血小板の生産がそれぞれ落ちてしまいます。

赤血球の標準正常値は400万/マイクロリットルくらい、白血球は4000~8000/マイクロリットルくらいで、白血球のうち34~80パーセントを好中球という細胞が占めています。

これら血液細胞の中で赤血球の体内の半減期は約120日、血小板は約7日なのに対して、白血球中の好中球は非常に新陳代謝が早く半減期はわずか8時間くらい。そのため、抗がん剤使用によって骨髄中の造血幹細胞や幼若細胞が影響を受けると早く好中球が下がりやすく、好中球に関連した症状が出やすくなるのです。

もちろん治療が終われば骨髄の働きは元に戻り、再び正常に血液を作り出すようになるので免疫力は回復してきます。

[好中球減少とリスク]

感染が起こりやすい部位 リスクファクター 感染経路
口腔内 虫歯、歯肉炎感染、義歯の不具合、口腔粘膜の損傷・発赤・白斑 自己感染、接触感染
呼吸器 呼吸器疾患の既往、喀痰、咽頭発赤、咽頭痛 空気感染
皮膚 毛嚢炎、虫さされ、外傷(擦過傷、切り傷、深爪など) 自己感染、接触感染
消化器 腹痛、下痢、しぶり腹、消化器潰瘍の既往 自己感染、接触感染
肛門、会陰 痔核、肛門出血、肛門裂傷、便秘、硬便、発赤、びらん 自己感染、接触感染

*4 感染症対策

抗がん剤治療により好中球が減少する一方、口の中、お尻、消化管などの粘膜は細胞分裂が抑えられて弱くなり、そこからばい菌が入り込んでいろいろな症状が出ることがあります。感染予防のための手洗いやうがいを行ったり、お尻は温水洗浄便器などを使って清潔さを保つことが大切です。

シプロキサン
シプロキサンという抗生物質

抗がん剤治療の中でもある程度の頻度で発熱のリスクのあるレジメン(抗がん剤のメニュー)を用いたり、高熱が出た場合など、予防的に抗生物質が処方されることがあります。

こうした発熱は腸の中に常在する緑膿菌が、体の抵抗力が弱っているときに働き出す日和見感染というものによってもたらされるのです。これに対してシプロキサン(一般名塩酸シプロフロキサシン)という抗生物質などが用いられます。最初は発熱時から使用しますが、2回目は前回発熱した人は予防的に利用します。


*5 G-CSF

抗がん剤治療によって好中球減少が現れやすいのは、3週間サイクルの薬剤投与なら普通はだいたい7~10日目くらいですが、体調などによって個人差が出てきます。こうした好中球減少という問題に対してG-CSF(granulocyte-colony stimulating factor=顆粒球コロニー刺激因子)という薬をよく使います。

従来は抗がん剤治療を行い好中球減少が観察されればG-CSFが機械的に使用されることもありました。しかし現在は発熱がない好中球減少には、一般にはG-CSFを投与することはありません。

好中球は1000/マイクロリットル以下では病原菌の侵入などで感染の頻度が増し、500/マイクロリットル以下では重症感染症が多く、100/マイクロリットル以下では致命的な感染症が発症しやすいといわれます。G-CSFが必要になるかどうかは、白血球のベースラインがどうかによって違っています。

*6 制吐剤(吐き気止め)

患者さんが苦しむ代表的な抗がん剤治療の副作用の1つは悪心・嘔吐です。これに対して最近は優れた効果を発揮する制吐剤が出てきました。制吐剤を最初から使わずに、1回でも吐いてしまうとその体験が植えつけられて、次からも吐くということになりがちです。抗がん剤治療では早い時期から適切な制吐剤がきちんと使われれば、患者さんはあとあとまで悪心・嘔吐に苦しまずにすむ可能性が出てきます。

どんな薬物療法にどの程度の悪心・嘔吐のリスクがあるかを分類すると、次のようになります。

高リスク――アドリアシン(一般名ドキソルビシン)、ファルモルビシン(一般名エピルビシン)、エンドキサン(一般名シクロフォスファミド)など

中等度リスク――タキソール(一般名パクリタキセル)、タキソテール(一般名ドセタキセル)、カンプト(一般名イリノテカン)、ジェムザール(一般名ゲムシタビン)など

低リスク――メソトレキセート(一般名メトトレキサート)、5-FU(一般名フルオロウラシル)、ナベルビン(一般名ビノレルビン)など

このうち、高、中等度リスクの抗がん剤療法による悪心、嘔吐に対して有用とされるのは、セロトニンアンタゴニストという種類の薬剤〔カイトリル(一般名グラニセトロン)、ゾフラン(一般名オンダンセトロン)、ナボバン(一般名トロピセトロン)など〕とステロイド〔デカドロン(一般名デキサメタゾン)など〕の併用です。低リスクの抗がん剤で起こる悪心、嘔吐に対しては制吐剤はとくに必要ないとされます。

セロトニンアンタゴニストは胃腸管の動きをピタッと止めることで吐き気を抑える作用をします。そのため便秘という副作用を伴いがちです。そこで腸管を動かす「センノシド」という薬効成分を含む便秘薬が便秘の予防・治療に用いられます。

[悪心・嘔吐の予防・治療に用いられる薬剤]

薬剤の種類 薬剤名 特徴 主な副作用
セロトニン
アンタゴニスト
(5-HT3受容体拮抗制吐剤)
グラニセトロン
オンダンセトロン
アザセトロン
ラモセトロン
トロピセトロン
嘔吐中枢にある抗がん剤の受容体に拮抗する 頭痛、倦怠感、めまい、便秘など
ステロイド薬 デキサメタゾン
メチルプレドニゾロン
作用機序は不明、他の制吐剤との併用で効果を高める 重症感染症、続発性副腎皮質機能不全、消化性潰瘍、うつ状態など
ドーパミン受容体拮抗薬 ドンペリドン
メトクロプラミド
神経伝達物質のドーパミンを抑える作用 錐体外路症状、痙攣、意識障害など
ベンゾジアゼピン系抗不安薬 ロラゼパム
ジアゼパム
精神・心理面に作用 眠気、めまい、血圧低下、消化器障害など

*7 血管外漏出

抗がん剤は正常な細胞にも細胞毒性を持つので、抗がん剤が注射された静脈の中で静脈炎という障害を起こす可能性があります。また抗がん剤が血管の外に漏れた場合は、皮膚や皮下組織を傷害し、後遺症を残してしまう恐れがあります。

血管外漏出が起きても、すぐに症状が認められず、数日経ってから局所の異常に気づくこともしばしばです。皮膚障害のピークは7~10日後であることが多く、血管外漏出に気づかないで最初に適切な対応をしないと、不可逆的な(取り返しのつかない)状態となってしまうこともあるので注意しなければなりません。数ある抗がん剤の中でもエピルビシンなど、アントラサイクリン系抗がん剤、ナベルビン(一般名ビノレルビン)、マイトマイシン(一般名マイトマイシンC)は、血管外漏出の副作用が起こりがちな「御三家」と呼ばれています。

血管外漏出を予防する方法として、たとえば透明テープを用いて針を固定して刺入部位の観察をしやすくすること、ルートの長さを調節して体の動きによる影響を直接受けないようにするなどの工夫がなされています。点滴をしながらトイレに行くこともあるので、そういう場合も動きにくいように針を刺す場所を選ぶ必要があります。

*8 食欲不振への対策

抗がん剤治療の副作用による吐き気から、患者さんの中には食欲をなくす人が少なくありません。そこで食事は、食べやすい工夫をしてしっかりを取るようにしてください。

[食欲不振への対策]

  • 1回あたりの食事の量を少なめにして完食しやすくする
  • のどを通りやすいおかゆや麺類、ヨーグルト、マッシュポテトなどの食材を選ぶ
  • 食べ物の臭いが気になる場合には、冷たい料理や冷ました料理にする
  • 香辛料を上手に用いて調理する
  • 身体を締め付けない衣服を着る
  • 吐気を感じたら、深呼吸をする
  • 家族や友人と一緒に会話しながら食事をする

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