乳房再建はそれぞれの長所・短所を理解して、価値観やライフスタイルに合う選択を
患者さんへの負担が少ない深下腹壁穿通枝皮弁法
実際の再建術の流れを一次二期再建の場合を例に説明していこう。
乳腺外科の医師が行う乳がんの手術時に、形成外科の医師も手術室に入り、乳がん切除術が終わった時点でティッシュ・エキスパンダーを挿入する手術と交代する。
手術後は、2週間に1度、ティッシュ・エキスパンダーに生理食塩水を注入して形を整える。乳房の小さい人では2~3回の注入で済む場合もあるが、大きい人では10回程度入れる場合もある。
6~8カ月程度で皮膚が伸びると、再建術を行う。インプラントか自家組織が選択される。
インプラント再建は、ふくらませたティッシュ・エキスパンダーの内容量や、健康な側の乳房との大きさ、張り具合などのバランスを見て、患者さんに合うものが選ばれる。
自家組織再建は、お腹もしくは背中の組織を使う方法が広く普及している。お腹のほうが脂肪組織と筋肉が厚いため、腹部皮弁法が選択されることが多い。背中あるいは腰の組織を使うのは、今後妊娠の可能性がある若い女性、やせていてお腹の脂肪が少ない場合や、患者さんの希望があり乳房が張りのある場合などだ。
腹部皮弁法には、有茎腹直筋皮弁法、遊離腹直筋皮弁法、深下腹壁穿通枝皮弁法という3つの方法がある(図1)。
有茎腹直筋皮弁法は、腹直筋の上側をつけたまま皮膚の下を通して、腹直筋、脂肪組織、皮膚を胸部に移植する、最も古典的な方法だ。
遊離腹直筋皮弁法は、血管付きの腹直筋皮弁を採取して胸部の動静脈につなげる方法で、有茎腹直筋皮弁法に比べると、より広い面積の組織を使うことができるというメリットがある。ただし、有茎腹直筋皮弁法と同じく、片側の腹直筋は犠牲にしなくてはならない。
深下腹壁穿通枝皮弁法は、腹直筋を取らずに腹部の皮膚、脂肪組織と血管を移植する方法で、筋肉や筋肉を動かす神経をできるだけ残すため、従来の腹部皮弁法に比べて体への負担が少ない手術といえる。
「遊離腹直筋皮弁法と深下腹壁穿通枝皮弁法では、マイクロサージャーリーといって、細い血管をつなぐ高度な技術が必要となります。とくに深下腹壁穿通枝皮弁法は難易度が高いのですが、腹直筋が残せるなど患者さんにとってのメリットが大きいため、当院では第一選択と考えています」
自家組織再建法は、インプラントでは再現しにくい大きな乳房や下垂した乳房の再建にも適している。

合併症から見た乳房再建法の検討
インプラント再建と自家組織再建のどちらを選択すべきかの指標となる情報はほかにもある。2017年7月の日本乳癌学会で、松本さんは、「長期的合併症率、再建完遂率からみた乳房再建法の検討」という研究の報告を行った。
同研究は、インプラント再建と自家組織再建について、周術期における合併症率、長期間を経た場合の晩期合併症率、再建がうまくできたかどうかの再建完遂率を比較したものだ。
「2006年~2014年までに当院で行った再建術の全症例(インプラント再建993例と腹部皮弁再建184例)で比較した研究です。再建完遂率というのは私が定義したものなのですが、合併症が起きてもリカバリーできて、選択した再建術をやり遂げられた割合です。これは、インプラントが98.6%、自家組織が99%と同等でした。ですから手術の成功率という点では、どちらを選んでも良いと言えると思います。
ただし、再手術が必要となる割合は、インプラントが1.3%、自家組織が7.6%と、明らかに自家組織再建のほうが高いという結果でした。そのなかでも、つないだ血管が詰まって組織が使えなくなってしまうという合併症(皮弁壊死)が1%程度あり、この傾向はほかの施設とも共通しています。また、ティッシュ・エキスパンダーについても感染などの合併症が2%程度あります。
長期の合併症率については、観察期間中央値約5年(インプラントが平均57カ月、自家組織が平均66カ月)で、インプラント4.2%、自家組織3.8%と有意差はありませんでした」
インプラント再建は観察期間が長くなるにつれて、露出や破損などの晩期合併症が増加することが考えられる。より長期的にはインプラントの完遂率は自家組織を下回る可能性があるので、晩期合併症については、引き続き検証していきたいと松本さんはいう。
松本さんはインプラント再建か自家組織再建かの選択について、次のようにアドバイスする。
「自家組織再建は、やわらかく自然な動きになるので、本来の乳房に近いといえます。一方、大きな傷跡が残ることや、入院日数などを考えて、インプラント再建を選択する患者さんもいます。乳房再建は左右対称に出来上がるのが理想ですが、もともとの乳房の形や周囲の皮下脂肪の量、肋骨の出っ張り具合によっては、左右対称にするのが難しい場合もあります。乳房の左右対称だけがゴールではないので、ライフスタイルや価値観に照らし合わせて、ご自分にとっての優先順位は何なのかをよく考えて決められることが大切だと思います。
また、再建術がうまくいくためには、乳腺外科の医師が、がんの完全切除はもちろんのこと、再建も考慮して、上手な乳がんの手術をしているかどうかも重要です。乳腺外科と形成外科が日頃のコミュニケーションが密で、協力し合っているかどうかということも、良い再建術を受けられる大きな要因だと思います」