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これからの乳房再建の切り札に! 培養した脂肪幹細胞を使って、安全で自然な柔らかい乳房を

監修●佐武利彦 横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科部長/診療教授
取材・文●菊池亜希子
発行:2019年9月
更新:2019年9月


「脂肪注入による乳房再建」が救世主に!

日本での乳房再建の約8割は、現在、インプラント法による人工再建。しかし、世界的な10年長期データの結果と「未分化大細胞型リンパ腫」という新たな疾患の発現によって、今後のインプラント再建はスムースタイプなど一部のものに限定されるため、手術の適応も大きく変化していく可能性がある。

そこに登場したのが「脂肪注入による乳房再建」。佐武さんのチームでは2012年から行っているが、保険適用されていないこともあり広く普及していないのだという。

「乳房再建をする患者さんは、体の負担を小さくしたいし、傷跡を少なくしたい。そして自然な柔らかい胸がほしいわけです。そうした希望を叶える方法として、吸引した自らの脂肪を注射器で注入する、という方法が出てきました」と佐武さん。

脂肪吸引は、もともと豊胸手術の方法としての歴史を持つが、近年、乳がん手術の縮小化の傾向に伴い、健常な乳輪乳頭、乳房皮膚、皮下脂肪、筋肉はできるだけ温存して、腫瘍を含む乳腺組織はしっかり切除するケースが増えてきた。つまり、切除した乳腺量に相当する「中身」だけを増やせばいい、という考え方が出てきたのだ。切除部分に新たな脂肪を、数回に分けて少しずつ丁寧に入れてやることで、徐々に元の柔らかく丸みあるバストに戻っていくという理論だ。

ところが、日本人は痩せている人が多く十分な量の脂肪を確保しにくいだけでなく、注入した脂肪が生着しにくく、実際にはなかなかうまくいかなかったそうだ。そこに登場したのが、佐武さんを中心とする横浜市立大学附属市民総合医療センター形成外科チームが開発した「脂肪幹細胞の培養による脂肪注入」である。今年4月に発表したばかりの再建法だ。

「脂肪幹細胞には、新しい脂肪細胞や血管を作ったり、自身を複製する機能があるのです」と佐武さんは言及し、さらに続けた。

「痩せていて脂肪を多量に吸引できない患者さんでも、20cc程度の脂肪を吸引できれば、培養して脂肪幹細胞だけを多く増やすことができ、約5週間で4,000万個~1億個にもなります。それを再び患者さんから採取した約200ccの新鮮な脂肪と合わせて乳房の欠損部分に注入することで、脂肪がコンスタ���トに生着できるようになったのです」(図3)

多量に培養された脂肪幹細胞が新しい脂肪や血管を作るので、一緒に注入した患者本人の脂肪にも栄養が行き渡り、生着しやすくなるのだという。さらに、脂肪幹細胞は患者自身の細胞を使うので拒絶反応も起こりにくい上に、脂肪吸引も脂肪注入も注射針で行うので傷跡も残らない。かつ、入院の必要も少なく、日帰りでの治療も可能だ。

横浜市立大学附属市民総合医療センターで今年1月に始まった「脂肪幹細胞培養による脂肪注入」は7月末までに20例、すべての症例で順調な経過をたどっているそうだ。

脂肪幹細胞の培養で広がるさらなる可能性

ところで、放射線照射によるダメージを受けた皮膚は、脂肪注入に耐えられるのだろうか?

「放射線照射された皮膚は薄くなり、血流も悪化するので脂肪が注入しにくいのは確かです。ただ、皮膚の回復という点においても、脂肪幹細胞は力を発揮してくれるのです」と佐武さんは言及する。

「脂肪幹細胞は、組織を蘇らせるパワーを持っています。放射線照射によるダメージを受けた皮膚に、培養した脂肪幹細胞を注入すると、皮膚に弾力性が戻ったり柔らかさが出てきたりすることがあります。そういう底力を脂肪幹細胞は持っているのです」

もちろん、脂肪幹細胞が放射線照射による皮膚ダメージを完全に回復させるわけではない。ただ、放射線を照射した乳房でも、脂肪幹細胞の培養による脂肪注入ができることは朗報だ。

こうして見てくると、オンコプラスティックサージャリーを巡る術式は、ここ数年で変遷を遂げてきた。2013年のインプラント法の保険適用以降、乳房再建の主役を担った人工再建は、最近明らかになった10年長期成績と、未分化大細胞型リンパ腫という新たな疾患の発覚によって、世界的に停止の動きが広まっている。日本にもその波はやってきた。

とすると、今後はより安全な自家組織での再建に戻っていくことも予想されるが、自家組織による穿通枝皮弁は手術時間が長く、傷跡も残り、さらには繋ぎ合わせた血管が詰まると組織壊死の危険性も否めない。となると、同じく自家組織再建であり、体に負担が少なく傷跡もない、かつ日帰りで治療できる「脂肪注入による再建」が注目を集めることは想像に難くない(図4)。

「脂肪幹細胞の培養による脂肪注入は、現在は自費診療ですが、将来の保険適応を目指して動いています。脂肪注入は、症例によって様々な応用ができるのも魅力です。人工再建した胸の段差部分に注入して形を整えたり、穿通枝皮弁法で再建した乳房にできた窪みに少し注入して調整するなど、少し足して修正する手段としても使えますし、全摘した胸を蘇らせるパワーも持っています。しかも、衰えた筋肉や皮膚のコンディションを整える力も備えているのです」

脂肪幹細胞の潜在能力に、乳房再建はもちろん、日本の再生医療の可能性を感じずにはいられない。最後に佐武さんはこう締めくくった。

「日本の乳がん治療は、数年前までは乳房再建を見てすらいませんでした。2013年、インプラントによる人工再建が保険適用され、ようやく〝保険で乳房再建ができる時代〟になったのです。ただ、乳腺外科と形成外科が協力して治療する施設はまだ少なく、執刀医である乳腺外科医の技術に頼るところが大きいのが現状です。

さらに、シリコンインプラントによる人工再建は長期的なフォローアップが重要であることや、新たなリンパ腫発見という問題が立ちはだかった今、脂肪幹細胞の培養という再生医療の力が果たす役割は大きいと思います。今は保険適用がないので片側再建で1回60万円~100万円かかりますが、近い将来、保険適用された後には、培養した脂肪幹細胞による脂肪注入がこれからの乳房再建を担っていくのではないかと期待しています」

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