乳房再建における乳頭乳輪温存の可否診断の精度が大幅アップ! MRIを用いた「乳頭乳輪内病変予測モデル」を開発
低かったNAC内病変の的中率が、予測モデルでどう変わったのですか?
乳房MRIの評価項目は、腫瘍径(TS)、腫瘍乳頭間距離(TND)乳頭造影所見(NE)、乳頭方向への乳管造影所見(DEEN)、さらに、がんがどこにあるか(腫瘍局在部位)、 多数の病変(腫瘍の多病巣性)があるかどうか、腋窩リンパ節転移の有無などです。
これらを使って、NAC内に病変があるかどうかという術前の予測の精度を上げられないかというのが私たちの目的で、TS、TND、NE、DEEN、腫瘍局在部位という5項目が単変量解析で有意差が出ましたが、さらに多変量分析という分析を行うと、TND、NE、DEENの3つが非常に重要なファクターということがわかりました(画像4)。

実際に、それぞれの項目を*ROC曲線で見てみると、腫瘍径が4cm、TNDが1.2cm以内なら、乳頭乳輪にがんがある可能性が高いということがわかりました。
この結果を実臨床に活かすため、多変量分析で有意差のあった3つの因子を「当てはまれば」1点、「当てはまらなければ」0点で評価し、それぞれの因子にオッズ比を係数としてかけたスコアをつくりました。これを私たちは「mNACPI」と呼んでいます。
具体的には、4点以下であればNAC内に病変があるリスクは少なく、5点以上だとそのリスクは高いとする予測モデルです。この予測モデルでROC曲線を描いてみると、AUCが0.984という非常に良好な予測精度を示しました(図5)。

この予測モデルを252例にあてはめてみると、感度が89.4%まで改善し、何より陽性反応的中率が約9割(89.4%)と非常に良好な結果となりました。つまり、「NACを温存した患者さんの組織に、実際にがんがなかった」と、「NACを切除した患者さんの組織に、実際にがんがあった」という結果が出て、予測の的中率が非常に良いことが確認されたのです(図6)。

*ROC曲線 (Receiver Operating Characteristic curve) :検査の精度などを表すグラフ。陽性と陰性を分けるカットオフ値ごとに真陽性率と擬陽性率を計算し、縦軸を真陽性率、横軸を擬陽性率としてプロットする。グラフの下の部分の面積をAUC(Area Under the Curve)と呼び、AUC値���1に近いほど判別能が高いことを示す
予測モデルの利点を教えてください
そうですね。「乳房MRIを用いたNAC内病変予測モデル」の利点は、大きく以下の3つではないかと思います。
①擬陽性率を下げることで、NAC内病変がないにもかかわらず、NAC切除が選択されてしまうのを回避することができる
②NAC内病変のリスクが高いにもかかわらず、乳頭乳輪温存術(NSM)を希望する患者さんに傍乳輪切開を選択することで、術中迅速病理で陽性が確認されたとき、傷を増やすことなくNAC切除(SSM)に変更できる
③NAC内病変のリスクの低い患者さんに対しては術中迅速病理を省略し、その費用や労力を軽減できる
なお、このモデルの数値は、ほかのガイドラインや報告とも一致します。アメリカのNCCNガイドライン(2017)では、乳頭乳輪温存術(NSM)におけるNAC内病変のリスク因子として、TNDが2cm以内、サイズが5cm以下などが挙げられています。TND2cm以下は少し余裕を持ちすぎではないかと思われます。最近の研究報告でもだいたい1cmとしていますが、これは今回の研究におけるTND1.2cmとほぼ一致しています(図7)。

この予測モデルは、どこで診断してもらえますか?
複数の大学病院の先生方にも興味を持ってもらい、自分の病院でもやってみたいという医療機関が増えていますし、似たような予測を行っている医療機関はほかにもあると思います。この予測モデルについては今のところ、当院でしか行っていないと思います。
ですから、乳頭乳輪を残すのは無理と言われた患者さんがセカンド・オピニオンを求めて来られることは少なくありません。実際に当院で手術を受けられ、乳頭乳輪を温存できた患者さんもいます。逆に、最初の診断通り、残すことはむずかしいという結果が出た患者さんが、納得してNAC切除を含む乳房全摘術を受けられたということもあります。
つまり、同じ診断をされたとしても、より客観的な説明を受け、患者さんが納得できるツールになっていると思います。今日、治療選択に当たっては、患者さんと医療者が病状だけでなく、価値観や生活背景のことなどを加味したうえで治療方針を話し合い、最終的に治療方針を決めるシェアード・ディシジョン・メーキング(協働的意思決定)が行われるようになっていますが、まさにそのために役に立つモデルだと思います。患者さんのためにも、ぜひこの予測モデルが普及することを期待しています。