近いうちに原因ウイルスからの予防が可能に 子宮頸がんの予防を目指すワクチンの登場

監修:今野良 自治医科大学付属さいたま医療センター婦人科科長・准教授
取材・文:林義人
発行:2007年10月
更新:2013年4月

検診の意義が理解されていない

[子宮頸がんの死亡率と検診受診率の年次推移(宮城県)]
図:子宮頸がんの死亡率と検診受診率の年次推移(宮城県)

子宮頸がんの早期や前がん状態では大半は無症状なので、検診で発見されるのが普通だ。子宮頸がん検診ではがんが発生しやすい腟と子宮頸部の境目付近の細胞をヘラなどで軽くこすり取って、これをスライドガラスの上に塗って染色し、顕微鏡でがんの有無を調べる細胞診が行われる。がん検診の中で、大腸がんの便潜血検査、乳がんのマンモグラフィ検査にも増して、子宮頸がんの細胞診検査は、「確実に死亡率を下げる」と評価されている。

「子宮頸がんになった人の75パーセントががん検診を受けていないといわれています。アメリカの検診受診率は約8割で、検診を受けていない2割くらいの例外の人ががんになるわけです。一方、日本では自治体のがん検診で行われていますが、8割近い人は検診を受けていなくて、その人たちががんを発症しているのだから、検診の意味が問われています」

以前、今野さんが東北大学に在籍していた頃の研究グループが、宮城県での子宮頸がんの死亡率と検診受診率の年次推移を調査した。これによると、1961年の子宮頸がん検診受診率は0.2パーセントに過ぎなかったが、94年には30.4パーセントまで向上している。そして、子宮頸がんによる死亡は61年の10万人当たり12.1人から94年に10万人当たり4.0人となった。子宮頸がん検診の有効性が見事に示された例だ。しかし、こうした検診の意義は、一般の人たちにはほとんど理解されていない。

「私たちは2005年にインターネットを用いて日本全国の20歳から59歳までの一般女性1038名を対象に行った調査で、子宮頸がん検診を定期的に受診しない理由を聞きました。その結果、『時間がない』、『面倒』、『費用がかかる』など、検診の重要さに比べて安易な理由ばかりが挙げられています。また、『子宮頸がんは前がん状態で見つけることができる』、『早期発見、治療でほぼ100パーセント完治する』という正しい知識を持っている人が少ないこともわかりました」

[先進国の子宮頸がん検診受診率)]
図:先進国の子宮頸がん検診受診率

HPV検査をもっと取り入れるべき

前がん状態で見つかれば病変の部分を含めて子宮頸部の一部分を円錐状に切りとる簡単な円錐切除という方法で手術できる。HPVは病変の部分に集まっているために、この切除だけでほとんど取り除くことができ、将来のがんの不安も消せる。また、子宮そのものは温存できるのでその後の妊娠・出産にもほとんど影響はない。

子宮頸がんの検査法として、従来の細胞診検査に加えて、最近、HPV検査という方法が加わるようになった。HPVのDNA(遺伝子)を調べることによってHPVに感染しているかどうか判定することができる。細胞診検査だけではしばしば病変部の標本がうまく取れずに25パーセント程度の見落としが起こったが、HPV法と併用することにより、ほぼ100パーセントの子宮頸がんを早期発見できる。ただし、HPV法を検診に取り入れている自治体は、金沢市と島根県しかない。

HPVワクチンは世界80カ国以上で承認

現在世界には、子宮頸がんの原因になるHPV感染を予防するワクチンが2種類ある。2006年6月にアメリカ食品医薬品局(FDA)が承認したのはメルク社が開発した「ガーダシル」だ。また、オーストラリアでは、もう1つのグラクソ・スミスクライン社の開発した「サーバリックス」も承認されている。両者ともに100種類以上あるHPVのうち、子宮頸がんの約70パーセントを引き起こしているといわれる遺伝子型が「16型」と「18型」の感染予防を目的にしている。ガーダシルは「16型」と「18型」以外にも、尖圭コンジローマの原因となる低リスク型の「6型」「11型」もターゲットにしている。

ガーダシルは16~26歳の約2万人を対象とした臨床試験を行った。偽ワクチンを接種したグループでは約0.6パーセントにがんの前兆症状が発生したが、本物のガーダシルを3回接種したグループには全く現れなかったという。重い副作用も報告されていない。サーバリックスも同様の成績を報告している。

「たとえばポリオ(小児マヒ)のワクチンは、本物のポリオウイルスを体に入れて免疫抗体を作らせようというワクチンです。ですから、間違えると感染の恐れがあります。
これに対して、HPVワクチンは金平糖のようなウイルスの殻を目印に抗体を作らせようというもので、ウイルス自体が入っているわけではありません。ですから、安全性が高く、副作用はかゆみや発赤など軽いもののみです。効果も非常に有望で、100パーセント近いと見られます」

アメリカを皮切りにHPVワクチンは80カ国以上で承認され、アジアでも、香港、シンガポール、韓国などが相次いで承認した。アメリカのテキサス州とバージニア州では、8歳から16歳の全女性にHPVワクチン接種を無料で(州の費用で)行うと発表した。さらにオーストラリア政府は12歳から26歳の女性200万人に対してHPVワクチンの無料接種を2007年4月からすでに開始している。

「欧米で問題になっているのは、『セックスに関連する病気を防ぐ薬を奨励することは、いたずらに若者の無防備なセックスを助長することにならないか』という心理社会的な観点です。また、保険をどう適用していくかも課題になっています。薬は承認されたけれど、政府がどう導入するか、一般の人たちがどう使うかを決めかねている国がほとんどです。アメリカのなかにも、州として義務化せず、利用は住民の自己判断に任せているという州もあります。

一方で、全てのワクチンの承認された国及びWHO(世界保健機関)の勧告には、ワクチンを受けたとしても、子宮頸がん検診は必ず受けるべきだと注意書きが明記されています。ワクチンは検診の代替にはならないということです」

日本の承認も早まりそうだが

そのなかで日本は、2つのHPVワクチンの臨床試験を進めているところだ。従来試験の結果が出て、承認申請がなされ、審査に要する時間は2年くらいを要していた。そこで、当初は日本でHPVワクチンが承認されるのは2011年と見られていたが、それが早くなるかもしれないそうだ。

「世界の動きが早くて、厚生労働省はあわてている節があります。今年中にも申請がなされそうなので、日本での承認は当初の予定より早くなるかもしれません。ワクチンが導入されればおそらく確実に子宮頸がんは減るでしょう。ただ、オーストラリアなどでは12歳からのHPVワクチン接種に、多くの親も賛同しています。この点、子宮頸がんの検診の必要性さえほとんど理解されていない日本で、HPVワクチンが導入されてすぐ普及すると考えることにはかなり無理があるでしょう」

専門家の間では、「アジアでHPVワクチンを承認していないのは日本、北朝鮮くらい」と自嘲する声さえあるそうだ。日本でのワクチンの普及は、今後国民がその必要性をどの程度認知していくかにかかっているといえるだろう。


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