渡辺亨チームが医療サポートする:子宮頸がん編
試行錯誤の中、彼女を捉えたのは、放射線化学療法という新療法だった
リンパ浮腫、排便、排尿障害のリスク
喜多川亮さんのお話
*1 扁平上皮がんと腺がん
子宮頸がんは顕微鏡で見たがんの組織の形態によって、約80パーセントを占める扁平上皮がんとそれ以外の非扁平上皮がんに分かれます。非扁平上皮がんには約15パーセントの腺がん、約5パーセントの腺扁平上皮がん、まれに小細胞がんがあります。扁平上皮がんに比べて非扁平上皮がんは放射線も化学療法も効きにくく予後が悪いがんと言われてきました。非扁平上皮がんのほうが全身に転移しやすく、手術や放射線といった局所の治療だけでは対応できないということが最近明らかになったのです。
10年ほど前までは扁平上皮がんが90パーセント以上と圧倒的に多く、世界的にも非扁平上皮がんは扁平上皮がんに準じた治療が行われてきました。5年生存率などのデータはどちらのがんもごっちゃにして示されるのが普通です。数の多い扁平上皮がんだけに関し比較研究されてきた治療法はありますが、非扁平上皮がんだけで治療を比較した研究はありません。
しかし、最近は非扁平上皮がんに絞った抗がん剤の臨床試験も行われるなど非扁平上皮がんの割合の増加につれて研究されるようになりました。放射線同時併用化学療法と放射線単独の比較試験では非扁平上皮がんにおいても前者の治療成績が明らかに勝っていることがわかっています。

*2 外科手術と放射線治療のメリット・デメリット
子宮頸がんの1b期や2期の治療のために行う手術は、卵巣も含めて、あるいは卵巣は残すけれど腟の一部を含めた子宮頸部とその周囲組織に加え子宮本体も切除してしまうもので、広汎子宮全摘と呼ばれます。骨盤の中のリンパ節も切除するので、まわりの神経を傷つけてしまい、最初は排尿障害や排便障害が起こります。一時的に尿意もなくなり、自分で尿道に挿管して尿を強制的に排泄させる「自己導尿」をしなければならないこともあります。

●単純子宮全摘出術
子宮だけを切り取る。閉経後の人などでは卵巣もいっしょにとることもある。

●広汎子���全摘出術
子宮、子宮傍組織、腟、傍腟結合織、卵巣、卵管、骨盤内のリンパ節など、広い範囲を切り取る。
一方、放射線治療では、短期的には宿酔といって酔っ払ったようになって気分が悪くなったり、放射線照射部位が赤くただれたり、下痢、骨髄抑制が生じたりしますが、耐えられないほどひどい障害が生じる頻度は低いです。
むしろ問題になるのは晩期障害といって、腟が硬く拡がりにくくなって性生活に支障を来したり、2、3年後あるいは10年以上経って膀胱炎による血尿、直腸炎による血便、腸閉塞、膀胱と腟の壁に穴が開く(膀胱腟瘻)や直腸腟瘻などが出てくることがあります。
広汎子宮全摘 | |
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利点 |
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欠点 |
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放射線照射(全骨盤外照射+腔内照射) | |
利点 |
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欠点 |
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リンパ液の流れが断たれてたまる
喜多川亮さんのお話
*3 リンパ浮腫

子宮がんで広汎子宮全摘手術をすると、骨盤のリンパ節を切除するため、リンパ管が切れて流れが遮断されてリンパ液がたまってむくみが生じるリンパ浮腫が起こることが少なくありません。術後に放射線治療を行う場合がありますが、この場合はさらに頻度が高くなります。
また放射線治療だけでも、リンパ管が障害を受けてリンパ浮腫が起こることがあります。リンパ浮腫がひどいと、仕事や家事など、日常生活に重大な影響が出がちです。さらにリンパのう胞やリンパ膿瘍という障害に結びついたり、蜂窩織炎というやっかいな感染症にかかりやすくなります。
97年にイタリアから報告された1b~2a期子宮頸がんに対する手術と放射線治療を比較した試験では、重篤なリンパ浮腫は手術だけなら5.2パーセント、術後放射線併用の場合は10パーセント、放射線だけだったら0.6パーセントという発生率でした。しかし、日本での手術でのリンパ節郭清は欧米に比べ徹底しているといわれ、その分、術後のリンパ浮腫もこのデータより高いかもしれません。
*4 子宮頸がんの治療法の選択
日本に比べて、欧米などでは放射線治療がよく行われていて、最初から放射線だけしかやらないという施設が多くみられます。その理由は、放射線治療専門の腫瘍医が日本では不足しているのに対し、欧米では充実していることです。
一方、日本で手術が主流となっているのは、日本の女性が海外の女性に比べて脂肪が少なく、手術がしやすいということもあるかもしれません。また、術後の血栓、塞栓症などの発生率も日本は低い傾向にあります。
そういう意味で手術は確実にがんを取れる方法とされ、だいたい日本の施設では2a期くらいまでだったら手術を最初に勧めるのが普通です。
放射線だけの治療は、手術での完全切除が難しい厳しい症例、全身状態の不良な症例に行う、というふうになっています。
放射線は酸素が豊富なところによく効く特徴があります。大きな腫瘍の外側は血流が豊富ですが、中側に入っていくと血流も悪く酸素も届きにくくなるので、放射線の効果が悪くなってきます。したがって、あまり腫瘍が大きい場合には放射線は有利とはいえず、しっかりと手術で切除したほうがより確実といわれています。
また放射線治療は卵巣機能や腟の機能に障害をもたらす可能性があります。このような晩期合併症を考慮すれば全くリスクがないわけではありません。
こうした意味からは、若い人や放射線の感受性が悪いかもしれない非扁平上皮がんなら、放射線より手術のほうが確実でいいという考え方もあります。一方、高齢者や合併症を持っている人だったら放射線がいいのではないでしょうか。
最近出てきている新しい選択肢の一つは術前化学療法です。原発巣が大きければ予後が悪いわけですから、術前の抗がん剤治療をしてそれを小さくできれば安全に切除しやすくなるとともに全身に散らばっている微小な転移も制御できるという考え方から生まれた方法です。
子宮頸がんでは、抗がん剤のブリプラチン(もしくはランダ、一般名シスプラチン)を中心に、化学療法の有用性はある程度確立したものになっています。それなら、術前化学療法と、今までの標準的な方法だった術後放射線治療はどちらがいいのかというと、そのエビデンス(根拠)はまだ十分ではなく、現在日本国内で両者を比較する臨床試験が行われている最中です。
臨床進行期 | 治 療 | 5年生存率 |
---|---|---|
ステージ0 | 子宮頸部円錐切除術or単純子宮全摘術 | 100% |
ステージ1a | 準広汎子宮全摘術 | 95% |
ステージ1b | 広汎子宮全摘術±放射線照射 or 放射線照射+同時併用化学療法 | 85% |
ステージ2 | 広汎子宮全摘術±放射線照射 or 放射線照射+同時併用化学療法 | 60~70% |
ステージ3 | 放射線照射+同時併用化学療法 | 40~50% |
ステージ4a | 放射線照射+同時併用化学療法 | 20% |
ステージ4b | なし(全身化学療法) | <5% |
再発期 | なし(全身化学療法) (局所再発なら手術or放射線照射も可能) | (MST:約9カ月) |
放射線治療には化学療法を併用すべき
喜多川亮さんのお話
*5 放射線化学療法とは
過去25年で、子宮頸がんの予後はほとんど改善していません。また、これまで放射線治療をしてから化学療法を行うとか、化学療法をしてから放射線をするといった治療が試みられましたが、まったく成果が得られなかったのです。
そのなかで進行した子宮頸がんの治療成績を改善するための試みとして、1990年代に放射線治療と化学療法を同時併用する放射線化学療法の臨床試験が欧米で相次いで行われました。その結果、放射線治療にシスプラチン(ブリプラチン、もしくはランダ)を同時に併用することで局所制御とともに遠隔制御も高まり、放射線治療単独に比べ生存率の向上が得られるという報告が次々出されました。
これを受けて1999年に米国国立がん研究所は、「浸潤子宮頸がんに対して放射線治療を行うならばシスプラチンを主体とする化学療法を同時併用すべきである」と発表しました。この発表がもたらした影響は大きく、欧米では現在は浸潤子宮頸がんに対しては放射線化学治療が標準治療とされています。最近ではこうした動きを受けて、国内でもこの治療を採用する例が増えてきました。しかし、放射線化学療法の晩期合併症に関してはまだほとんど報告がなく、そういう意味ではリスクをかかえているといえるでしょう。
*6 セカンドオピニオン
インターネットの普及などにより、最近の患者さんがとてもよく勉強しておられるのを感じます。その結果、医師の説明に納得できないと、別の医師に相談するセカンドオピニオンが普及してきました。医療側もしっかり勉強しないとセカンドオピニオンに対応できなくなります。患者さんそれぞれが十分納得して治療を決める上でも、がん医療の進歩の上でも、とても好ましいことだと思います。
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