渡辺亨チームが医療サポートする:子宮頸がん編

取材・文:林義人
発行:2004年7月
更新:2014年2月

さまざまな障害を乗り越えて、ついに放射線化学療法の治療を受けた

喜多川亮さんのお話

*1 放射線化学療法の適応

日本で子宮頸がんの放射線化学療法の対象となるのは、通常は手術ができずに放射線だけで治療をしてきたような患者さんとなっています。すなわち3~4a期はもちろん、1b2期の初めて治療を受ける患者さんでも、高齢や、糖尿病や高血圧などを合併していて手術をするリスクが大きい症例です。しかし、当然のことながら化学療法に耐え得る全身状態や骨髄、肝臓、腎臓などの機能が保たれている方に限られます。

*2 日本と欧米の放射線化学療法の違い

欧米での比較試験に基づけば、放射線と化学療法の併用により、放射線が局所のがんを抑える力と、化学療法が全身のがんを抑える力が、いい経過をたどるということに結びついたのは事実です。しかし、日本のいくつかの施設で行われている放射線化学療法において、抗がん剤の投与量が欧米の試験で用いられた量に比べて少なめです。欧米で有用と示された臨床試験では、体表面積1平方メートルあたり40ミリグラムのシスプラチン(商品名ブリプラチン、ランダ)を週1回投与しているのに対して、日本では同30ミリグラムを使用している医療施設が多くなっています。また、日本と欧米では子宮頸がんに対する放射線治療のうち、重要な役割を占める腔内照射の方法も違い、これに伴い放射線治療のスケジュールも異なっています。

抗がん剤が放射線の感受性を高めることによって原発巣のがんを抑える力が強くなり、これにより放射線単独の治療よりは再発を抑える力が強まるのかもしれません。しかし、抗がん剤の投与量が少なければ、当然全身への効き方が不十分で遠隔転移(遠くの臓器への転移)の危険性を引き下げることができないかもしれないのです。よって、現在の日本の放射線化学療法が欧米での比較試験の結果と同程度の有用性をもたらすかは不明です。

[放射線化学療法の日米の違い]
  日  本 アメリカ
放射線
腔内照射
高線量率照射法

●短時間
●負担小さい

低線量率照射法

●長時間  
●負担大きい

放射線
治療スケジュール
外部照射
外部照射
腔内照射
      腔内照射
      
抗がん剤の
投与量
シスプラチン
30mg 週1回点滴
シスプラチン
40mg 週1回点滴

腔内照射=子宮腔などにチューブでできたアプリケータと呼ばれる器具を挿入し、その中に密封小線源を送り込んで、病巣に直接照射する

*3 放射線化学療法の治療スケジュール

私が知るいくつかの病院では、放射線の照射期間中(6~7週間)に、抗がん剤を毎週1回ずつ計6回(6サイクル)投入する方法を実施しています。

放射線は体外から骨盤内の子宮とその周辺に当てる外部照射と子宮や腟の内側から当てる腔内照射を併用します。外部照射は1日1回2グレイで1週5回ずつ、5週にわたって、子宮の病巣から腫瘍が進展する可能性のある腟、子宮周囲の靭帯、骨盤リンパ節までを含めた広い領域に対して行います。

腔内照射の放射線量は、がんの進行具合や腫瘍の大きさによって異なりますが、外照射の後半の2~3週間で週1~2回くらい、1回5~6グレイをあてます。

一方、抗がん剤はシスプラチンだけを用います。放射線の照射初日に欧米の比較試験で用いられていたのと同じ体表面積1平方メートル当たり40ミリグラムのシスプラチンを点滴し、6サイクルを目標に1週間ごとに繰り返します。

グレイ=生体の単位質量あたりに吸収されるエネルギー量の単位


*4 高線量率(HDR)照射法と低線量率(LDR)照射法

日本の多くの施設での腔内照射は、遠隔操作のもと高いエネルギーの放射線(HDR:High Dose Rate)を短時間で当てる照射法がすでに30年近く用いられています。これに対して欧米では低いエネルギーの放射(LDR:Low Dose Rate)を24時間近くかけて当てる照射法が主流です。これは例えてみれば、「電子レンジでチンをする」のと「オーブンでじっくりこんがり焼く」違いといえるかもしれません。欧米では、低線量率照射法のほうが効果が高い、と長い間信じられてきました。しかし、低線量率照射法は手間もかかり、医療従事者の放射能被曝量も増え、何より長時間を要することが患者さんの苦痛を伴うことから、欧米でも少しずつ高線量率照射法に移行しつつあります。そういった意味で、日本は腔内照射の先進国といえるでしょう。

また、日本では外部照射の後半に腔内照射を組み合わせますが、欧米では外部照射を終えてから腔内照射に移るので、治療日数は長くなりがちです。これは日本の腔内照射は苦痛が少なく、短時間で終わるからできることでもあります。一般的に、放射線の総治療日数が少ないほど治療効果は高くなるが、正常組織への放射線障害の現れ方は変わらないといわれ、その意味でも高線量率照射法を用いた日本の放射線治療は優れているといえます。

*5 副作用に対するケア

放射線化学療法では、主体はあくまでも放射線治療のほうであり、化学療法は追加効果を狙ったものです。放射線の治療効果を十分に引き出すためにはなるべく短期間に治療を完了させる必要があるため、副作用が強すぎる場合には化学療法を中止・減量することで調節し、放射線治療の継続をできるだけ優先します。

子宮頸がんの放射線照射は、どうしても骨盤に当てられることになりますが、ここには造血機能を持った骨髄があります。そこに抗がん剤の影響も加わるため、免疫細胞である好中球が減少しがちとなり細菌に対する抵抗力が低下するため、うがいや手洗いなどで、感染防止を心がけていただくことが大切です。

シスプラチン
放射線化学療法に使用する抗がん剤のシスプラチン

シスプラチンは悪心・嘔吐の副作用が強く、放射線障害による宿酔(酔っ払ったような状態)を倍増させます。これに対して、最近優れた制吐剤が登場して、かなり吐き気を抑えられるようになっています。

さらにシスプラチンの代表的な副作用として腎機能障害があります。これを予防するためには尿の量を多くしなければならず、点滴前後2日にわたって生理食塩水を点滴するとともに、たくさん水を飲む場合もあります。

さらに、腹部への放射線照射は下痢を引き起こすことがあります。このときに嘔気のため十分な水分をとることができなければ脱水気味となり、シスプラチンの腎機能障害を生じやすくします。よって、下痢に際しても積極的な下痢止めと水分補充が必要であり、点滴が必要となることもあります。

その他、放射線治療中の副作用(急性期毒性)として、膀胱炎症状、腟炎など。また、シスプラチンの投与回数が増えてくると副作用(蓄積毒性)として神経毒性(末梢神経障害、聴神経障害)などを来すことがあり、それほど多くはありませんが脱毛もあります。これらに対するケアも必要です。

また、放射線治療が終わってから半年から数年後の間にも直腸出血、膀胱出血、腸閉塞といった副作用(晩期毒性)が生じることがあります。頻度としては軽度のものも含め10パーセント程度にみられ、婦人科だけではなく放射線治療医の定期的なチェックを受けていく必要があります。

*6 放射線化学療法の外来治療の可能性

日本では、まだ放射線化学療法を外来でやっているところはありませんが、不可能ではないと思います。子宮頸がんの放射線治療自体は通院しながら受けられるし、抗がん剤治療を外来で実施する施設も増えてきています。

ただし、シスプラチンは吐き気などの副作用が強いのでこれをうまくコントロールする必要があります。さらに、腎機能障害を防ぐために大量の生理食塩水を点滴しなければならないため、点滴時間が長くなり外来治療には適しません。

しかし、シスプラチンと同じ系統の抗がん剤のカルボプラチンであれば悪心・嘔吐が軽く、腎機能障害もほとんどないため短い点滴時間ですみ、外来治療などでQOLを向上させることも可能ではないかと考えられます。しかし、子宮頸がんに対するカルボプラチンの効果がシスプラチンと同程度でなければ全身のがんを制御する力が落ちるため使えません。実際にカルボプラチン単独の効果はシスプラチンに劣ります。そこでカルボプラチンとタキソール(一般名パクリタキセル)という抗がん剤を組み合わせた治療が、シスプラチンを用いたものより副作用が軽く効果も劣らない治療であることを、転移・再発した子宮頸がんに対する臨床試験で証明する研究が計画されています。この試験でカルボプラチンの有用性が証明できれば、子宮頸がんの化学療法の幅はもっと広がり、それは外来での放射線化学療法や術前化学療法へも活かせるはずだと考えられます。

カルボプラチン=白金系の抗がん剤。商品名はパラプラチン

*7 放射線化学療法のための環境
放射線装置
放射線化学療法は化学療法ではなく、
放射線治療が主役

放射線化学療法は、放射線治療医、婦人科医、さらに腫瘍内科医と、いろいろなスペシャリストがチームを組んで治療を行う「集学的治療」により、はじめて効果・安全性ともにベストな治療となり得ます。その中でも、放射線治療を実施・計画し、治療後の経過も追跡する放射線治療医の存在はチームの非常に重要な位置を占めます。

ところが、日本では放射線治療に長けた放射線科医も少ないし、大学病院やがんセンターなど大きな病院以外で放射線治療部を設置している施設もあまりありません。子宮頸がんの放射線治療についても、体外照射は行っても、腔内照射ができない施設があったり、同じ腔内照射であっても照射法がバラバラであるなど、これから整備されることが望まれます。

また、腫瘍内科医がまだ少ない日本において、日本の婦人科腫瘍医のなかでも腫瘍内科のトレーニングも積んだ医師が増えてくる必要があり、それはこれからの婦人科がん治療全体においてもさらなる可能性を導くはずです。


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