『奇跡の夏』原作者、キム・ヘジョンさんインタビュー 希望が奇跡を生む。希望を持たせることが最良のサポート

レポート:編集部
発行:2006年8月
更新:2013年4月

純粋だから希望を持つことができる

スチル写真

左からモデルとなった弟のチャンフィ、弟役のパク・チビン、脳腫瘍になった兄のソルフィ、兄役のソ・テハン

編集部 今、話されたこどもに希望を持たせるということはとても大切なことですね。それが治療結果にも反映すると思いますが、どう思われますか。

キム おっしゃるとおりですね。医師の話では小児がんは初期、中期、そして老練期の3段階に分かれるらしいのですが、患者であるこどもがどの段階にいるかは、親の顔を見ればすぐにわかります。初期のこどもの親は不安や恐怖に打ちひしがれていますが、中期になると周囲を見渡す余裕が出てきます。そして老練期になると、親の顔にも明るさが見えてくる。これはこどもの治療に対する希望が伝染した結果だと私は思っています。こどもは大人と違って、純粋で医師の話をそのまま受け止めます。だからこそ希望を持つこともできるのです。私はそのことがとても大切だと思っています。一般に大人のがんと比べて小児がんの治癒率が高いのは、こどもには強い免疫力が備わっているからだといわれます。しかし私はこどもの場合は希望を持つことができるから、治癒する確率も高まっていると確信しています。

編集部 なるほど。ところで映画の中で1点、気になることもありました。同じ脳腫瘍のこどもが倒れた後、「奇跡の水」で息を吹き返すシーンです。希望や願いの象徴として、あの水が用いられているとは思うのですが、日本ではがん患者を対象にした商法も少なくないので、正直、危惧も感じました。

キム おっしゃることはわかります。ただ私はあのシーンは気を失った友人に水を飲ませたことで意識が戻ったと単純に解釈しています。また、あの水が患者自身や周囲の人たちの希望、願いを象徴しているというご指摘もそのとおりでしょう。もちろん病気で辛い思いをしているがん患者を対象にしたビジネスに対しては、苦々しい思いでいっぱいです。

編集部 話を戻して、ソルフィ君にがんが見つかったときにはご家族もショックを受けられたと思います。そんななかでどうサポート体制を築かれていったのでしようか。

キム こどもががんになり、さらに治療によって障害が現れるとわかったことは私たちに大変なショックでした。初めはその事実を拒絶し、次に怒りを感じ、���らに絶望を経てようやく状況を容認することができたのです。最初から毅然と事態を受け止めていたわけではありません。ただ、よく小児がんの場合は本人よりも親のほうが大変だといわれますが、それは違っています。患者であるこどもたちはとても勇敢に病気と向かい合っています。たとえば私たちの病棟でも、治療の結果、足の切断を余儀なくされたこどもがカラカラと明るく笑いながら毎日を過ごしていました。医師を疑い、そのくせ、がんになっても酒やタバコをやめない大人よりも、こどものほうがずっとサポートしやすいと思います。

カナダで行われている理想的な医療

原作『悲しみから希望へ』

ネットで「1人デモンストレーション」と称して韓国の医療体制を告発したのが話題を呼び、原作『悲しみから希望へ』誕生のきっかけとなり、映画化に結びついた

編集部 原作では韓国の医療システムの後進性を批判なさっていますね。たとえばカナダの医療システムとくらべてどんなところに問題があるのでしょう。

キム 医療システムそのものが遅れています。たとえば、こどもに対しての病気や治療の説明は韓国では両親に丸投げされてしまっています。一方、カナダでは医療スタッフがその役割を担い、そのなかにはこどもの不安を取り除くためにカウンセラーも含まれているのです。ソルフィの場合は放射線治療が怖いと訴えていましたが、するとそのカウンセラーは図書館で放射線治療についてとりあげているビデオを借りて見るようにアドバイスしてくれました。また通院治療を受けることが決まったときには、ボランティアスタッフが車で私たちを送迎してくれました。私は自分で運転するといったのですが、母親は治療を受けるこどもの隣りにいるべきだというのです。ここでは患者の視点に立った医療が行われていると痛感しました。その点、韓国はまだまだですね。

編集部 そのあたりの事情は日本も変わりません。私たちもそうした状況を変えていくために声を上げていきたいと思います。最後に日本のがんのこどもを持つ親たちにメッセージをお願いします。

キム ソルフィは希望を捨てることなく、とても勇敢に病気に向かい合ってくれています。私はソルフィに病気のことを話すとき、貴重な経験をしたねと話しています。ソルフィも決して愚痴をこぼすことはないし、視力を失った後も目を本に近づけて、これくらいの距離だったらまだ読めるよと、笑いながら話してくれる強さを持っています。そんな我が子をとても誇りに思っています。日本のがんのこどもを持つご両親も、前向きに病気に向かう我が子を誇りにしていただきたいと思います。


『奇跡の夏』のストーリー

ソルフィとハニはとてもなかのいい兄弟。あるとき、その兄のソルフィの体に異変が現れる。両親とともに訪ねた病院で下されたのは「脳腫瘍」の診断だった。小児がん病棟に入院した後、ウクというコメディアン志望の男の子と仲良くなり、ウクと「ターザンおじさん」探索の冒険に出たハニも含めて3人は深い絆で結ばれるようになる。そして彼らを見守る両親もたくましく変わっていく。しかし、やがて彼らに別離のときが訪れる……。


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