晩期障害には正面から向き合い、医療と心で克服する 何より大切なのは命。過度に障害を恐れるな
医療技術で障害をカバーする
では、この晩期障害に患者や両親はどう向き合えばいいのだろうか。細谷さんは必要以上に晩期障害を恐れることはないという。細谷さんは晩期障害に対応するためには3つのステップがあるという。
「当然のことですが、まずは治療段階で使用する抗がん剤や放射線の線量を抑えて、障害発生のリスクを最小限に抑えること。第2に障害が起こった場合には、その障害をカバーして快適に生活できるように医療処置を施していく。そして医療的な処置でカバーしきれない場合には、社会全体で障害を持つ人を受け入れていくということです」
具体的に見ていこう。
治療段階で障害を抑えるために、たとえば放射線治療では、かつては小児白血病で中枢神経への病気の拡大を抑えるために、24グレイの照射が行われていたが、最近では18グレイに抑えられ、照射そのものが行われないケースも増えている。また抗がん剤治療でも、たとえば心毒性を持つアントラサイクリン系の薬剤など、障害につながる危険のあるものは使用のたびに身体機能に変化がないか、こまめなチェックが行われるようになっているという。
さらに最近になって長足の進歩を遂げているのが、障害をカバーする医療技術の進展だ。
たとえば小児白血病で最も発生頻度の高い低身長は、成長ホルモンを投与することで、ほとんど完全にカバーされている。また冒頭で紹介した内分泌異常による不妊の場合も、性ホルモンの投与と生殖技術の進展で、一般の人たちと変わらない暮らしが営めるようになっている。この記事で取り上げたTさんの場合も同じ方法で障害を克服している。
「ホルモンを投与すれば生理も戻りますし、人工授精技術を活用すれば、こどももつくれます。あらかじめ精子や卵子を保存しておけば、文字通り自分のこどももつくれるのです」
成長障害 | |
---|---|
低身長 | 20(2.61%) |
肥満 | 29(3.79%) |
成長ホルモン分泌不全(<7ng/ml) | 12(1.5%) |
部分的成長ホルモン分泌不全(<7~10ng/ml) | 2(0.25%) |
2次性徴の遅延 | |
男児 | 3/191(1.5%) |
女児 | 1/167(0.6%) |
神経学的異常 | |
運動障害 | 9(1.17%) |
知覚障害 | 7(0.91%) |
学習障害 | 19(2.48%) |
神経学的検索の異常 | 10(1.31%) |
脳波異常 | 33(4.30%) |
脳CTの異常 | 39(5.09%) |
心機能障害 | 13(1.70%) |
ALL(急性リンパ性白血病) | 8/684(1.17%) |
ANLL(急性非リンパ性白血病) | 5/73(6.84%) |
その他 | |
肝機能異常 | |
低ガンマブログリン血症 | |
腎炎 | |
腎性尿崩症 | |
脊髄神経障害 | |
無精子症 | |
聴力障害 | 3/26 |
平衡障 | 1/26 |
軽症白内障 | 4/26 |
人間の可能性を捨てない
もっとも、ごくごくわずかだが、そうした医療的な処置が及ばない障害が残るケースがあるのも事実だ。たとえば前述のように骨肉腫を患って身体の一部を切断しなくてはならない場合もあるし、また、脳腫瘍の治療で脳や身体に障害が残ることもある。そうした場合には、問題は医療から社会全体での対応へと拡大していく。しかし、そんな場合でも「晩期障害を過度に恐れるな」と細谷さんは語る。
「私が担当していた骨肉腫の患者さんで、サッカーで将来を嘱望されていたこどもがいました。治療では足の切断が不可欠です。そうすればサッカーができなくなる。それなら死んだほうがいいと、そのこどもは治療を拒絶した。しかし、車椅子を使うようになってもサッカーはできる。じっさい、そうしてパラリンピックに出場している人もいるじゃないか、と説得しました。体の一部に障害が残ったとしても、人間にはまだまだいろんな可能性が残っています。その可能性を捨ててほしくはないのです」
もちろん、障害のリスクのともなう治療を受けずとも、全体の治療の成功度に大差がないと判断されれば、そちらを選択することも可能だ。しかし、そのことを含めても、最も重要な基準となるのは、生命をまっとうするということだろう。
何よりも大切なのは命。
細谷さんが「晩期障害を恐れるな」というのも、もちろんそのことを念頭に置いてのことである。
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