高齢者への負担が少ない大腸がん腹腔鏡下手術

監修●渡邉一輝 NTT東日本関東病院外科医長
取材・文●伊波達也
発行:2015年7月
更新:2019年7月


難易度の高い手術も腹腔鏡下手術が可能に

現在、渡邉さんが手術を担当するNTT東日本関東病院外科では、大腸がん患者の約70%に腹腔鏡下手術が実施されているという。

「他臓器に浸潤していたりして合併切除が必要な場合や、腸閉塞により奥の病変が確認されていないような場合など、いくつかのケースでは開腹手術を選択しますが、今や腹腔鏡下手術が主流です」

施設によっては、大腸がん手術のうち腹腔鏡下手術の占める割合が90%以上になっているところもある。

一方、腹腔鏡下手術の弱点は、視野が狭い、2次元でしか術野を見ることができない、直接術野に触れられないなどが指摘されてきた。しかし、これらは改善が進んでいると渡邉さんは話す。

「昨今では広角の内視鏡や3Dカメラ内蔵の内視鏡の出現など、徐々に器具が進化しています」

前立腺がんや胃がんでは、腹腔鏡下手術の進化型である手術支援ロボット『ダヴィンチ』による手術が普及し始めているが、大腸がんについてはどうなのだろう。

「将来、もし大腸がんでダヴィンチを適応するとしたら直腸がんに対してだと思います。直腸は視野が狭く、腹腔鏡下手術の器具は直線のものが多く操作しにくいので、ダヴィンチだと精度の高い手術ができるかもしれません」

大腸がんの手術は、結腸がんよりも直腸がんのほうが、難易度が高い。高齢者についても、直腸がんの手術には課題があるという。

「大腸がんはきちんと取ることが必要なのですが、直腸だとまだそれが難しく、再発率も5~10%の差があります。先ほど述べた高齢者に対する比較試験の結果でも、結腸と直腸に分けてみると、結腸のほうが成績がよいのです。現在、直腸がんに対する化学療法や術前化学放射線療法などの併用治療の効果が検証され始めたところです」

とはいうものの、直腸がんに対する手技も着実に進歩を遂げているという。現在では側方郭清というリンパ節郭清の難易度の高い手技や、肛門括約筋の機能を温存する内肛門括約筋切除術(ISR)といった手技も腹腔鏡下手術で可能になっている。

単孔式の腹腔鏡下手術が行われることも

大腸がんの腹腔鏡下手術は、Ⅳ期についても実施することがある。原発巣を取り除き、その後化学療法などを行うのだ。

通常、渡邉さんらは5つの孔を開けて腹腔鏡下手術を行っているが、さらに低侵襲を目指して、1つの孔のみを開けて行う単孔式(シングルポート)で腹腔鏡下手術を実施する場合もある。あらゆる器具を束ねて1カ所の孔から入れて行う手術だ。熟練を要する手術で、症例も選んで行うオプション的な術式だという。

「例えば、Ⅳ期で人工肛門を作���なければならない場合、単孔式の腹腔鏡下手術によって傷を小さくすることで感染を防いだり、内視鏡で取り切れなかったがんの追加切除などで実施しています」

現在、日本内視鏡外科学会では、腹腔鏡下手術の技術認定医も増えている。しかし、大腸がんにおける技術認定試験の合格率は、2~3割と狭き門だという。

「技術認定試験を受ける資格基準もいろいろありますが、技術認定医になった後もいかに数多くの手術数を経験しているかが重要です」

早期発見の大切さとリハビリや全身管理の重要性

大腸がんは早期発見、早期治療がとても大切だと渡邉さんは話す。

「今後、消化器内科の先生にESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)で切除してもらえる症例が増えれば、高齢者にとってはさらに低侵襲で負担が軽減されるでしょう。通常5㎝を超えた病変だとなかなかESDでは取りきれませんが、当院は5㎝以上でも試みています。外科による追加切除になる割合は約50%なので、半分の人は手術を回避できるわけです。なるべく手術を受けなくて済むよう、定期的に検査を受けてぜひ早期発見に努めていただきたいです」

また、大腸がんといえば、国立がん研究センターの2015年の統計予測では、女性の予測がん罹患数が2位、予測がん死亡数が1位になっている。女性のがんというと、乳がんがクローズアップされがちだが、大腸がんのことも意識して欲しいと渡邉さんは話す。

さらに高齢者の手術にあたって、渡邉さんらが日頃取り組んでいるのがリハビリテーションだ。

「術後はもちろんなのですが、当院では術前からリハビリを行います。自転車を漕いでもらうなど、体力と気力をつけてから手術に臨んでいただくと回復が早まるのです。手術後の翌日から歩くことにより、数日でまた同じように自転車を漕げるようになったりします。

大腸がんは胃がんと違って食べることができるのも回復が早い要因です。術後は翌日から水分を摂り、食事は3日目から摂ります。腹腔鏡下手術だと、ガス(おなら)が出るのが2日目、入院から退院まではだいたい9日間です。ただし、高齢者は術後の肺炎、高血圧などに注意しないといけません。元気な人でも一度合併症で体調を崩してしまうと、一気に容態が悪くなることがありますので、リハビリや全身管理は重要です。他科と連携して全身管理をきちんとしてもらえる施設で手術を受けることが大切です」

今後は、せん妄など高齢者特有の合併症についての対策を考えて、リスクマネージメントをしていくことが重要だと渡邉さんは結んだ。

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