KRAS遺伝子検査で分子標的薬の効果・副作用を事前に知る 大腸がんの個別化医療を支える遺伝子検査とは?
保険承認されて広く普及
前記のような事実がわかったため、今では、アービタックスもベクティビックスもKRAS遺伝子が野生型の患者のみに投与されている。
しかし、かつてアービタックスはKRAS遺伝子が変異型の患者にも数多く投与されていた。それはKRAS遺伝子の型と抗EGFR抗体薬の効果の関連性がわかっていなかったためだが、KRAS遺伝子に変異があると、抗EGFR抗体薬は効果を発揮しないという報告をフランスの研究者が発表して以降、KRAS遺伝子が注目されるようになる。
その後、2008年6月に「抗EGFR抗体薬はKRAS遺伝子が野生型の人だけに投与する」という合意が欧米でなされる。しかしそれでも、日本ではKRAS遺伝子検査の実施率はしばらくの間、低いままだった。
KRAS遺伝子が変異型の患者に抗EGFR抗体薬を投与すると効果がないのに、副作用は起こりうる。それでは、患者は不利益だけを被ることになる。そこで、吉野さんらが中心になって、KRAS遺伝子検査が日本でもできるように、厚生労働省に働きかけた。その結果、KRAS遺伝子検査は先進医療として認められ、その後、2010年4月に国の保険承認を得るに至る。
KRAS遺伝子検査が保険承認されたことの意味は大きい。これによって、この1年足らずでKRAS遺伝子検査は日本でも急速に普及し、アービタックスもベクティビックスも、今ではほぼ100パーセント、KRAS遺伝子が野生型の患者のみに投与されている。
このことによるメリットは国の医療費にも及ぶ。
「KRAS遺伝子検査を行うことで、アービタックスやベクティビックスを投与する必要のない患者さんを見分けることができるようになりました。当然、医療費はその分かからなくなる。試算すると、最少でも240億円の医療費を削減することができます」(吉野さん)
KRAS遺伝子検査が実施されるようになった意味は非常に大きいといえる。
KRAS遺伝子検査の具体的な方法

では、そのKRAS遺伝子検査はどのように行われるのだろうか。KRAS遺伝子検査には現在、主に3つの方法があり、その中で最も古くから行われ、一般的な方法は「ダイレクト・シークエンス法」である。しかし、この検査法は作業工程が複雑で繊細であるため、検査のさじ加減を少しでも間違えると、誤った結果になることもある。
「本当は変異型である人が野生型と判定されたことも、過去にはかなり起きています。大きな原因はKRAS遺伝子検査のプロとはいえない医療従事者が検査をしていたこと。通常の仕事の後、疲れ切った体で医療従事者が検査して、間違った結果を出していたケースも少なくありません」
吉野さんはそう話し、検査の品質を確実なものにするためにも、KRAS遺伝子検査は検査のプロである外部の企業に任せるべきであると力説する。
また最近では、今年4月に「ルミネックス」という診断薬が、5月には「スコーピオンアームズ」という診断薬がそれぞれ承認され、各診断薬を使った検査・診断法が今後、各医療施設で行われるようになる予定だ。
前記3つの検査法はいずれも手術で摘出されたがんの組織を用いて行われる。切除不能の進行・再発の大腸がん患者のほとんどは、過去に大腸の手術を受けているため、がん組織が残っているのだ。
いずれのKRAS遺伝子検査にも共通するのは、検査に伴う患者の身体的な負担はいっさいないことだ。
検査費用は2万円。保険を使って、3割の自己負担額とすると、6,000円の支払いになる。高いと感じる人もいるだろうが、多くのがんの治療薬に比べると、格安である。
イリノテカンの副作用に関係する検査
イリノテカン単剤 | 人数 | グレード3/4好中球減少 |
-/- | 3/21 | 14.3% |
+/- | 7/29 | 24.1% |
+/+ | 4/5 | 80.0% |
シスプラチン+イリノテカン | 人数 | グレード3/4好中球減少 |
-/- | 20/35 | 57.1% |
+/- | 14/20 | 70.0% |
+/+ | 7/7 | 100% |
切除不能の進行・再発の大腸がんに対しては、イリノテカンが使われることもある。イリノテカンを投与すると、下痢や好中球の減少などの副作用がしばしば見られる。とくに好中球の減少は体の抵抗力を下げるため、感染症にかかりやすくなる。
「発熱を伴う好中球減少症は緊急処置を要するほど危険な状態です。亡くなる方もいらっしゃるため、好中球の管理は重要」(吉野さん)なだけに、何かしらの対策が必要になる。
そこで注目されるようになったのが「UGT1A1」という酵素だ。UGT1A1の型や数値は血液検査でわかる。
UGT1A1に関与する遺伝子に変異がある場合、イリノテカンを多量に投与すると、好中球減少などの副作用が出やすくなるというデータがある。その他いくつかのデータから判断して、UGT1A1の検査を勧める専門家もいる。しかし、吉野さんは、臨床の現場ではあまりUGT1A1の検査をしていないという。
「イリノテカンの日本における承認用量は150ミリグラム/平方メートルです。この量を2週に1回、患者さんに投与します。この程度の投与量では好中球減少などの重篤な副作用はまず起こりません。仮に好中球が減少しても、グラン(*)やノイトロジン(*)などの好中球を上げるよい薬があります」
下痢に関しても、ロペミンと(*)いうカプセル剤が出て以降、十分に対処できるようになった。こうした支持療法(重い副作用などを緩和し、生活の質を維持する治療法)をしっかり行っている医療施設であれば、UGT1A1の検査は原則としては不要といえそうだ。
*グラン=一般名フィルグラスチム
*ノイトロジン=一般名レノグラスチム
*ロペミン=一般名ロペラミド
ビリルビンの高い人にはUGT1A1の検査を
ただし、なかにはUGT1A1の検査を受けたほうがよい人もいる。
「黄疸の程度をはかるビリルビンの値が高い患者さん、全身の状態がかなり悪い患者さんや腸管の通過障害のある患者さんにイリノテカンを投与すると、危険な状態になることがあります。割合としてはかなり少数ですが、そうした人には、イリノテカンの治療前にUGT1A1の検査をして、異常がないかなどを確認することが必要です」(吉野さん)
さて、KRAS遺伝子検査に代表される大腸がんに関する遺伝子検査は今、急速に進歩し続けている。治療効果を増大させ、治療の副作用を軽減させるために、さらには、無駄な医療費を抑えるために、遺伝子検査は今後、ますます重要になってくるといえそうである。
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