必ずしも「肛門温存のほうがいい」というわけではない 直腸がんの手術前に知っておきたい人工肛門と肛門温存療法の長所・短所

監修:森田博義 東京逓信病院人間ドックセンター長・消化器一般外科兼務
取材・文:斉藤勝司
発行:2010年6月
更新:2013年4月

人工肛門の疑問や不安はWOC看護認定看護師に相談を

森田さんが所属している東京逓信病院では、オストメイトを対象に、洗腸法を習得するための3泊4日の教育入院を実施しています。最近では忙しい人が多いので、時間短縮のため入院せずに外来での指導もおこなっています。このようなシステムがない場合でも、人工肛門管理の専門技術を身に付けたWOC看護(創傷・オストミー・失禁看護)認定看護師がいる病院なら、人工肛門管理のサポートを受けられますから、気軽に相談してみるといいでしょう。

パウチ法で利用する装具や洗腸法で用いる器具を購入するには、1カ月1万円程度の出費が必要ですが、オストメイトは「直腸機能障害」として障害者認定を受けられるため、装具などの購入費用は給付される補助金でほぼ賄えます。通常、申請から1~2カ月程度で認定され、障害者手帳が支給されます。補助金の給付が開始されるのですが、自治体によっては人工肛門を造設してから6カ月後から申請を受け付けるところもあり、まずは住んでいる自治体に問い合わせることをお勧めします。

肛門機能温存の適応が広がった

このように洗腸法なら人工肛門の管理は大幅に軽減できますが、それでも自然排便に比べれば面倒なことは確かです。残せるものなら肛門を残したいと誰もが思うことでしょう。しかし、肛門機能温存療法も決して万能ではない、と森田さん。

「肛門の縁からがんの部分までが少なくとも5センチ離れていれば、肛門機能を維持することができます。『肛門管・結腸吻合術』と呼ばれる手術ですが、これだと肛門機能が維持されるので、便失禁も大した問題になりません。しかし、これよりも肛門に近い場所にがんができると、肛門を閉じる働きを持つ括約筋の一部を切除することになり、肛門機能を維持することは難しくなります」

かつては、がんまでの距離が7センチ程度なければ人工肛門を選択せざるをえませんでした。当時7センチ未満の場合、技術的には手で縫うため腸管縫合が難しかったからです。ところが、吻合器が開発され腸管を器械縫合できるようになったおかげで、5センチあるいはそれ以内という近さでも肛門機能をほぼ損なわずにがんの切除ができるようになったのです。

ただし、がんが括約筋にかかる場合は、肛門を温存できるといっても、手術前と同様の機能を維持することは難しいです。また、がんが肛門全体に広がっていれば、肛門を切除して人工肛門を造設するほかありませんが、がんが内肛門括約筋の片側だけで、しかも浅い場合は、肛門管内部から部分的に引きはがすように切除することで、肛門を温存し、括約筋の機能を維持することができます。

[肛門温存療法]
図:肛門温存療法

腸管を器械縫合できるようになり、腫瘍の位置が肛門から5センチ、あるいはそれ以内でも肛門を温存することができるようになった

知っておきたい肛門機能温存の弊害

医療機関によっては、がんの切除が内肛門括約筋の一部にとどまっている限り、肛門機能を失わずにすむと考え人工肛門を作成せずに施行しているようですが、実際には肛門機能の失調が起こり得ると森田さんは指摘します。

「括約筋の一部といっても切除するわけですから、肛門を締める力は弱まってしまいます。それだけ便が漏れやすくなり、夜間に便が漏れるナイト・ソイリングがしばしば起こるようになります。便意を感じる回数も増え、1日に何度もトイレにいかないといけなくなります。また、肛門周囲のただれ(皮膚炎)との闘いも必然的に起こり得る合併症の1つです。多くの患者は、手術後、数カ月程度で便意を感じる回数は減ると言われていますが、回数が減らない患者もいます。肛門を温存できるといっても、こうした不都合が起こることは理解しておいたほうがいいでしょう」

また、便とおならの区別ができず、おならだと思っていきむと便が漏れ出ることもしばしばあります。また便意を長時間我慢できなくなり、便失禁を起こすこともあります。

肛門を締める力が手術前より弱まっているので、便が柔らかければ漏れやすくなります。下痢の原因になる香辛料、お酒(アルコール)、括約筋を弛緩させるお茶、コーヒー(カフェイン)の摂取を控えるなど、食事制限は必要です。

また、放射線照射を行ってから手術を実施する場合も、放射線を浴びると肛門機能は低下します。

治療法の長・短所を熟考して生活に合った選択を

「肛門からの自然な排便を維持するという点で、肛門機能温存療法を望まれる方が多いかもしれませんが、肛門を温存しても、括約筋を切除すれば、肛門機能の失調は起こりうるという点を考慮して、あらかじめ人工肛門を選択される患者もいます。自宅にいれば便意を感じたらすぐにトイレに行けますが、外回りの営業職や自動車の運転などで長時間トイレにいけない人は、常に便失禁を心配しなければなりません。ですから、治療後のライフスタイルをイメージし、担当医と相談して、自分の生活に合っているのはどちらなのかを考えて治療法を選択することが大切です」

直腸がんで手術をする場合は、人工肛門、肛門温存のメリット、デメリットをよく熟考した上で治療法を選択する必要がありそうです。

[人工肛門、肛門温存療法のメリット、デメリット]

  人工肛門 肛門温存療法
メリット
  • 適切な管理をすれば便汁の漏れを起こさないで済む
  • 大腸洗腸法なら24時間~48時間、袋をつけなくていい人もいる
  • 障害者認定を受けると補助金がもらえる
  • 寝たきりの人は排便の始末、オムツかぶれなどの管理をしなくて済む
  • 自然な排便を維持できる
デメリット
  • 人工肛門の管理に手間がかかる
  • 便の匂いや音が気になる人もいる
  • 太っていると装具が外れやすくなり、便汁が漏れやすい
  • 人工肛門周囲の皮膚炎が起きやすく管理が大変になることもある
  • 傍ヘルニア、滑脱ヘルニアなどの合併症もときにみられる
  • 手術前の肛門機能を完全に残すことは難しく便汁が漏れることもある(夜間の失禁も時々ある)
  • 柔らかい便にならないよう香辛料、アルコール、カフェイン類を控えるなど食事制限が必要
  • 排便を長時間我慢できなくなり、便失禁を起こすことがある
  • 排便時、術前より便の量が減り便の回数が増える
  • 便とおならの区別がつかなくなることがある


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