CVポート&ポンプを駆使した抗がん剤治療の長所と短所 「ながら」化学療法を受ける新時代の生き方

監修:三嶋秀行 国立病院機構大阪医療センター外科医長
取材・文:柄川昭彦
発行:2007年9月
更新:2013年4月

治療を受けながら仕事を続けられた

FOLFOXやFOLFIRIの治療を外来で受ける患者さんは、治療中も日常生活の制約をほとんど受けない。化学療法を受けながら仕事をしている人も多い。そんな代表的な実例を紹介しよう。

●症例1
[肝、肺転移した直腸がんの例]
CT写真

肝臓に残ったがん細胞から再発。大きな病巣が見られる

CT写真

両側の肺に大きな転移巣が見られる

Aさん(59歳・男性)は直腸がん手術を受けた1年後に肝臓に転移が発見された。肝切除を受けたが、その半年後に肺に転移し、今度は手術できないと言われた。『大腸癌治療ガイドライン』では、標準治療は化学療法になる。Aさんは最初にかかった病院でそのように診断され、大阪医療センターを受診してきた。

まず、FOLFOXによる治療を開始。もちろん外来での「ながら」化学療法で、Aさんはタクシー運転手の仕事を続けていた。

抗がん剤を投与する時間は、レボホリナートとエルプラットの点滴が2時間、5-FUの持続投与が46時間。合計時間は48時間だが、治療開始から終了までは、足かけ3日間となる。この3日間も普通に生活することができ、車の運転も不可能ではないが、シートベルトがチューブに当たるのが気になりタクシーの運転は休むようにアドバイスした。

結局、Aさんは2週間のうち3日間は仕事を休み、残りの11日間は運転手の仕事を続けていた。

FOLFOXを開始してから、しばらくは肺転移の大きさは変わらなかったが、腫瘍マーカーCEAが増加し、CTでも大きくなったので、抗がん剤をFOLFIRIに切り替えた。現在もこの治療を継続中だ。

もちろんAさんは、今も2週間のうち11日間はタクシーを運転している。

FOLFIRIに変えて以来、肺の転移巣は大きくなっていないし、増えてもいない。

ポンプを背広のポケットに入れ仕事に、趣味に

●症例2
[肺に多発転移した例]
胸部CT写真

胸部CT写真。両側の肺に多発転移をした状態(多数の結節)が見られる

Bさん(72歳・男性)の大腸がんは横行結腸にできていて、腸はかなり細くなっていた。肝臓に転移があり、その大きさも5センチだった。大阪医療センターで、大腸と肝臓の切除手術を同時に行った。

残った肝臓と肺に再発が現れたのは、手術の2年後のことだった。転移している場所が悪く、これでは切除することができない。そこで、FOLFOXによる化学療法を開始した。

会社社長のBさんは、化学療法が始まってからも仕事は続けていた。5-FUの持続投与中も、ポンプを背広のポケットに入れ、会社に出ていたのだ。まさに仕事をしながらの「ながら」化学療法。それだけではなく、趣味の釣りも続けていた。

抗がん剤の効果はあり、肝臓の転移巣は大きくなっていなかった。ところが、化学療法を始めて6カ月ほどしたとき、手の指がしびれるようになった。エルプラットの副作用による指先の知覚障害だった。釣り糸の仕掛けが結べなくなったところで、FOLFIRIに切り替えることにした。抗がん剤を変えてからも、指先の知覚障害は消えてはいない。いったん起こると、すっかり回復するまでに6カ月くらいかかるからだ。

Bさんは、今でも社長として仕事を続けている。計算機を使うとき、指先を見ていないとキーをたたけないなど、部分的には問題はある。しかし、まだしばらくは化学療法を受けながら仕事を続けていくつもりだ。

アバスチンによる治療はハイリスク・ハイリターン

[分子標的薬アバスチンの効果]
図:分子標的薬アバスチンの効果

既存の抗がん剤治療にアバスチンを加えると、それぞれ上記のような上乗せ効果により生存期間の延長が得られた

アバスチンは、血管新生を阻害する働きのある新しい分子標的治療薬だ。FOLFOXやFOLFIRIなど、既存の化学療法と併用することで、生存期間が延長する上乗せ効果が明らかになってきた。この薬が承認され、いよいよ使えるようになってきたわけだ。

ただし、アバスチンは、優れた効果を持つ反面、希に重篤な副作用を引き起こすことがある。消化管穿孔や血栓塞栓症など、命を脅かす症状が起きるほか、出血しやすくなる、傷が治りにくくなるなど、さまざまな副作用の危険性があるのだ。

「生存期間を延ばす効果があり、非常に怖い副作用もあります。まさにハイリスク・ハイリターンの抗がん剤といえます。この薬を使うことで、どういうリスクがあり、どういうベネフィットがあるのかを、患者さんがよく理解しておく必要があります」

6月からアバスチンによる治療が始まっているが、2500例までは、限られた医療機関で、適応のある患者さんだけを対象に使われることになっている。たとえば、3次治療以降の治療にアバスチンを使うことは、推奨されていない。

「3次治療以降の場合、有効性は1パーセントとされています。つまり、FOLFOXとFOLFIRIによる治療を行ってからアバスチンを使っても、1パーセントの有効性しか得られません。ところが、アバスチンによって重篤な副作用を引き起こす危険性は3パーセント程度。これでは、ベネフィットよりリスクのほうがはるかに大きいわけです」

アバスチンの承認を最も待ち望んでいたのは、FOLFOX、FOLFIRIの治療を受けていた人たちで、がっかりした人も多いに違いない。

「期待したいのは、アービタックス(一般名セツキシマブ)です。厚生労働省のホームページでは国内で治験準備中または実施中の医薬品リストとして載っています。これは、FOLFOX、FOLFIRIによる治療を受けた後にも効果があるとされる薬ですから、今回、アバスチンの適応にならなかった人でも治療対象になりますからね。ただし、この薬にも注射によるショックが希にあります」

大腸がんの化学療法は、まだ激動の時期が続いている。ひと段落つくとしたら、5-FU、カンプト、エルプラット、アバスチン、アービタックスの5剤がそろったときだろう。最後に残ったアービタックスが、できるだけ早い時期に承認されることを期待したいものだ。


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