QOLが向上する直腸がんの術前放射線化学療法 肛門近くにがんができても、肛門機能を温存し人工肛門を回避する
肛門を温存するための手術
肛門温存のための手術では、前にあげた低位前方切除術・超低位前方切除術、あるいは肛門の内括約筋を切除して結腸(上部直腸)と肛門を吻合する手術(ISR)などが採用される。
その中で超低位前方切除術は、従来の低位前方切除術では吻合に肛門から5、6センチの長さが必要だったのが、肛門から1センチのところでも吻合できる。
一方、ISRは肛門内で結腸や残った直腸と肛門をつなぎ合わせる、いわば究極の吻合術だ。肛門には内、外2種類の括約筋がある。この手術ではその内括約筋を切除する。さらに状況が深刻な場合は、外括約筋の一部も切除する。ISRと呼ばれる手術を実施する。肛門括約筋を切除することでのQOLの不安はないのだろうか。
「やはり術後しばらくは便の回数が増えるなど、QOLは低下します。しかし残された括約筋をトレーニングすれば、3~6カ月で肛門機能は回復し、排便障害はほとんど解消します。もちろん括約筋を全温存している場合に比べると、便の回数は増えるかもしれませんが、自己管理できない範囲ではありません。手術直後に排便コントロールの困難な状況があらかじめ予想される場合は、一時的に小腸を使ってストーマを造ります。3カ月をめどにストーマを閉鎖して自然肛門に戻します」(竹之下さん)

あえてリンパ節郭清するというが……
また、こうした肛門温存手術とともに現時点では、再発、転移を予防するためのリンパ節の郭清も行われる。最近では医療機関によっては、放射線照射で腫瘍を縮小させた後は、リンパ節の郭清を行わないところもある。
患者側からすれば、当然ながら不要なリンパ節郭清は避けたいところだ。しかし、竹之下さんは現時点では、ある段階までのリンパ節郭清は不可欠だとこう語る。
「直腸がんでは隣接部はもちろん、原発部から遠く離れた大動脈周辺や鼠径部リンパ節まで腫瘍が転移する。リンパ節転移がある場合は、術前治療の効果は実際にリンパ節を摘出しなければ確認できません���そこで再発、転移予防とともにスタデイの意味も含めて、第3段階の栄養血管の根元のリンパ節まで郭清しているのです。今、私たちが進めている臨床試験の結果が明らかになれば、リンパ節郭清が治療から除かれる可能性も少なくありません」(竹之下さん)
付け加えると、同病院では第4段階にあたる鼠径リンパ節の郭清は実施していない。
さらにもうひとつ、術前治療で腫瘍が縮小した症例の中には、体力的な問題も考慮して手術を回避したケース2例が含まれている。現段階では、そうした手術回避例でも再発、転移は報告されていないという。
術前治療で腫瘍が消失した例も
実際の治療結果はどんなものだろう。
60代のある女性は、3年前に白い粘液が下着に付着を始め、以前から自覚していた便秘も悪化したため、近隣の病院を受診したところ、直腸診および内視鏡検査で直腸がんが発見される。腫瘍は直腸最上部のS状部から下部直腸にかけて、腸管を8センチも狭窄させる広がりを見せていた。その病院の紹介で福島県立医大病院で精密検査を受診。すると、その女性のがんは、すでに骨盤内の他の臓器にも浸潤する所見が認められた。普通なら当然、ストーマ造設が行われるケースだ。
しかし竹之下さんは肛門温存が可能と判断し、インフォームド・コンセントの後、入院1週間後から1カ月にわたって術前治療を実施する。照射した放射線の総量は40グレイ。抗がん剤は5-FU、アイソボリンを12回投与する。その結果、腸管を狭窄させていた腫瘍は約75パーセント縮小。そこで肛門機能を温存する低位前方切除術を実施している。

また竹之下さんが手がけた症例の中には、直腸がんが隣接臓器に著しく浸潤、開腹はしたものの手術不能と判断し、人工肛門だけを造設。2年をかけて同様の術前治療を実施、腫瘍縮小を確認した後に手術を施行したケースもある。摘出した組織には病理学的には腫瘍がほとんど消滅していたという。
もちろんすべてのケースにあてはまるわけではないが、場合によっては術前治療にこれほどの効果が伴っているわけだ。
まだ認知されていない術前治療

(N. Engl. J,Med., 336 : 980~987, 1997)
残念ながら、現段階では直腸がんの術前放射線治療や抗がん剤治療は、一般にはまだまだ認知されていない。放射線を照射しても手術結果は変わらない。逆に患者に負担をもたらすばかりか手術も困難になる――というのが医療界の大方の見解である。
しかし竹之下さんは、そうした従来の認識を変えていただきたいとこう語る。
「術前の放射線治療に効果がないとされているのは、過去のデータにこだわっており、最近の進歩が正当に評価されていないためだと思います。直腸がん治療に新たな1歩を踏み出すために、客観的な評価に耐えられる大規模な臨床研究の結果を出したいと思っております」
竹之下さんが訴える術前放射線治療の効果は、実はスウェーデンで実施された無作為化比較試験で実証されている。その試験では110人の直腸がん患者を術前放射線治療を受けたグループとそうでないグループに分けて試験を行い、術後5年の再発率、生存率を比較したところ、いずれも放射線治療を受けたグループのほうが10パーセント以上、上回っていたのである。
こうした効果に加えて肛門機能の温存という患者にとってかけがえのない利点も、直腸がん治療には含まれているのである。1人でも多くの直腸がん患者が快適な術後の生活を実現するために、竹之下さんが提起している新たな治療が少しでも早く認知されることを望みたい。
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