渡辺亨チームが医療サポートする:再発大腸がん編
セカンドオピニオンにより、承認されたばかりの新薬を使って治療開始
吉田恵子さんの経過 | |
2002年 3月1日 | K市山田外科病院で、ステージ3の下行結腸がんの切除手術 |
2005年 3月7日 | 山田外科病院の検査で肺転移。TS-1を勧められる |
3月21日 | がん専門病院でセカンドオピニオン |
4月14日 | FOLFOX4療法を開始 |
7月 | 症状が消え、転移巣消失 |
大腸がんの肺転移を来たした吉田恵子さん(49)は、夫の友人の内科医に相談し、そのアドバイスでがん専門病院の消化器内科でセカンドオピニオンを受ける。
そこでは、承認されたばかりのエルプラット(一般名オキサリプラチン)を使った治療を薦められた。
がん患者が待ち望んでいた新薬
2005年4月4日、吉田恵子さん(49)は、東京のIT企業に勤めている次男の卓さんから電話を受けた。前日、山田外科で大腸がんが肺転移した疑いがあると告げられ、卓さんにそのことを伝えたばかりである。
「インターネットで調べてみたら、再発した大腸がんの治療用にエルプラット(*1)(一般名オキサリプラチン)という新薬が承認されたそうだよ。日本中の患者が待ち望んでいた薬らしい。その薬を使ってくれる医者を探したほうがいいんじゃないか?」
「まあ、そうなの? 山田先生はTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)というお薬を使うっておっしゃったのよ。新しいお薬のことはご存じないのかしら?」
「それはどうかな。でも、新しい薬なら古い薬より効くと思うけどな。お母さんも、命に関わることなんだから、ちゃんと先生に聞いてみたらいいよ」
「そうね。お父さんはお薬のことは内科の先生のほうが詳しいから、医者を変えたらと言っているのよ。忙しいのに、心配かけてご免ね」
「何言っているんだい。息子に遠慮してどうするんだよ。また、何かわかったら電話するからね」
恵子さんはこのような息子の心配をしみじみうれしく思った。
その夜、帰宅した夫の哲也さんも、「今日はいいニュースを仕入れて来たよ」と話し始めた。会社の帰りに高校時代の同級生だった内科医の金沢茂医師のクリニックを訪れて、話を聞いてきたという。
「金沢君が今度エルプラットという薬が出ると言うんだ。彼はがんの専門家じゃないけれど、これからはこの薬が大腸がんの標準治療薬になると言っているぞ。山田先生が言っていたという薬は、そんな名前じゃなかったよな」
「そうなのよ。さっきも卓からも電話があって、同じ話だったわ。やっぱり、ほかの先生に診てもらったほうがいいかしら」
「そうだな。金沢君もがんは再発したら内科にかかったほうがいいと言っていたよ。それで、彼の同じ医大の後輩で竹内という先生がエビデンス病院の消化器内科にいるというので紹介してくれることになった。優秀な先生らしいよ。明日、俺も一緒に行ってやるから、病院は転院させてもらおう」
恵子さんは、自分のことを真剣に考えてくれている夫をとても頼もしく思った。
消化器内科専門医は「希望を持って」と
4月6日、吉田恵子さんは夫に付き添われて、山田外科病院を訪れた。
「お具合はどうですか?」
山田院長が聞いた。
「それほど調子が悪いという感じはないのですが」
そのとき、恵子さんはまたコンコンとセキをする。
「セキがとまりませんね。この前のうちの検査でも、吉田さんは肺に影がある以外は比較的全身状態が良いことがわかりました。すぐにTS-1を始めましょう」
ここでわきから哲也さんが口を挟んだ。
「先生、じつは私の友人の内科医が、エルプラットという新薬があると聞いたのですが……」
「ああ、エルプラットね。ちょうど今日から保険が適用になったばかりのお薬です。私はまだ使ったことがありません。新薬といっても今までの薬と飛び抜けて効果が違うというわけでもない。TS-1なら私も使い慣れているし、飲み薬なので通院治療ができます。こちらをお薦めしたいですね(*2新薬の採用)」
「じつは、友人の医者からエビデンス病院の消化器内科にいる竹内弘志という先生を紹介されまして。一度ご意見を聞いてみたいと思っているのですが」
すると、山田院長は少しにこやかな表情を浮かべた。
「ああ、竹内先生ですか。私も何回かお会いしたことがあります。私よりだいぶ若いが、抗がん剤についてなかなか勉強家のようです。エルプラットにも詳しいかもしれません。お話を聞きに行かれるといいでしょう」
山田院長は、意外とあっさり哲也さんの申し出を受け入れてくれた。「案ずるより生むが易し」である。
4月11日、恵子さんはこの日も夫とともに、エビデンス病院消化器内科に竹内弘志医師を訪れた。竹内医師は40代半ばくらい。
「大腸がんの再発なのですね?」
恵子さんの顔を見るとすぐにこう確認した。
「ええ、肺に転移しているそうですが、今はちょっとセキが出るくらい。本当に転移なのでしょうか?」
竹内医師は、話をしやすく、恵子さんは懸命に質問をした。
「山田先生から送られてきた資料で、吉田さんは明らかに大腸がんの肺転移と診断できます(*3再発がんの確定診断)。レントゲンで両肺に2~4センチの結節が5~6個ずつ見られる状態ですから、写真に映っていないものも入れると、数10個あるいは100個以上の転移があると考えられます。これは、肺の1部を手術で切除するということは意味のない病状です(*4肺転移巣の切除)。肺全体さらには体全体に効果の及ぶ抗がん剤治療が適していると思います」
恵子さんは言葉を詰まらせる。すると哲也さんが横から口を出した。
「抗がん剤は本当に有効なのでしょうか? そんなにがんが広がっているということなら、どんな治療も無駄なのではないでしょうか?」
竹内医師は、少々興奮気味な哲也さんを落ち着かせようとするかのように、優しい声でゆっくりと話す。
「大腸がんの分野では最近治療薬が大きく進歩しました。治療を受けた結果、とても長生きされる方もあります。正直な話をすれば、以前は再発した大腸がんに対して、あまり患者さんの役に立つ治療はできませんでした。しかし、今現在、私は医師としての経験から、治療を受けていただくことは決して無駄ではなくなったと思います。ぜひ希望を持って治療に取り組んでいきましょう(*5再発大腸がんの治療)」

FOLFOX4療法を第1選択に
「やはりエルプラットというお薬が有望ということになりますね?」
哲也さんは竹内医師に確かめた。
「ええ、私は早くからこの抗がん剤に注目して治験も行ってきました。実際治験に参加してエルプラットの治療を受けられた患者さんの予後は、これまでよりもかなり改善したという手応えを感じています。がんのことを忘れて生活している方も何人かいます。うちでは再発大腸がんの患者さんの治療は、このエルプラットを取り入れたFOLFOX4という名称のメニューによる治療を第1選択としてお薦めしています(*6FOLFOX4療法)」

「TS-1は、通院で治療が受けられるということでしたが、そのFOLFOX4というのは、やはり入院が必要なのでしょうね?」
「私は、通院で十分いけると思いますが、病院としては最初の治療の時だけは入院していただくことにしています。抗がん剤は毒性のある薬なので、患者さんによってはどんな反応が現れるかわからないために、それを確かめたいからです。また、FOLFOX4では持続静注という方法で点滴するために、最初に右の鎖骨のところに穴を開ける処置もしなければなりません(*7急速静注と持続静注)。こうしたことから、1週間だけ入院をしていただきます。ちょうど3日後の14日、ベッドが空きそうなので、この日に入院していただけますか?」
「はい、わかりました」
今度はあっさり恵子さんが答えた。
こうして4月14日、恵子さんはエビデンス病院へ入院している。入院当日、恵子さんは鎖骨に穴を開ける処置が施された。「痛い」と想像していたが、麻酔もよく効き比較的簡単にリザーバーシステムという器具が取り付けられた。
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