渡辺亨チームが医療サポートする:再発大腸がん編
FOLFOX4療法で症状改善、転移巣は3カ月後に消失していた
吉田恵子さんの経過 | |
2002年 3月1日 | K市山田外科病院で、ステージ3の下行結腸がんの切除手術 |
2005年 3月7日 | 山田外科病院の検査で肺転移。TS-1を勧められる |
3月21日 | がん専門病院でセカンドオピニオン |
4月14日 | FOLFOX4療法を開始 |
7月 | 症状が消え、転移巣消失 |
大腸がんによる肺転移が見つかった吉田恵子さん(49)は、抗がん剤のエルプラット(一般名オキサリプラチン)を用いたFOLFOX4療法が開始された。
恐れていた副作用もあまり強く現れることなく、肺症状は1カ月で消えた。
がん治療の進歩を目の当たりにした恵子さんは、「やっぱり希望は捨てないことね」と思うのだった。
FOLFOX4治療を開始
4月14日、エビデンス病院で、いよいよ吉田恵子さんのFOLFOX4療法の治療が始まる。もちろんそれまでに竹内医師から、治療で起こるかもしれない副作用については十分に説明を受けていた(*1FOLFOX4の副作用)。禁忌があることも知らされており、医師は吉田さんについてその心配がなさそうだという判断を示している(*2エルプラットの禁忌例)。恵子さんは、エビデンス病院ではエルプラット(一般名オキサリプラチン)の取り扱いを熟知していることを知り、安心感を持つことができた(*3エルプラットの取り扱い経験)。
午前9時半にまず30分かけて吐き気止めの点滴が行われる。その後、約2時間かけてエルプラットとアイソボリンの点滴が行われた。そして約5分間、20ミリリットルの5-FUの急速点滴が続けられる。それが終わると、鎖骨の5センチくらい下に設けられたリザーバーシステムのポートに「インフュージョンポンプ(*4)」と呼ばれる小さなペットボトルのようなものが取り付けられる。
「明後日の午前中まで5-FUの持続点滴です。2回目からは通院治療ですから、これをご自宅にいるときもつけたままにしていただくことになります」

看護師からこう説明を受けたあと、恵子さんは病室に戻って、配膳されていた昼食を取った。吐き気止めを打っているためか、とくに違和感も覚えず残さずに食べている。夕食には、好物のタケノコの煮物が入っていて、これも全部おいしく食べることができた。
が、翌朝、恵子さんは���面所で顔を洗おうとしたとき、異変を感じた。蛇口をひねり水にさわった瞬間、指先にピリピリッと感電したような感覚がある。思わず手を引っ込めて、指を見るがもちろん外から見る限りまったく異常がない。
「これが竹内先生のおっしゃっていたエルプラットの末梢神経症状なのかしら」
恵子さんはそう自覚した。
朝食のときも異変を感じた。水を一口飲むと、口の中がピリピリと痛みを覚えるのである。
「昨日はなんともなかったのに……」
と、恵子さんはおそるおそる箸を進める。
ところが、温かいお茶や味噌汁だと、そうした異常な感覚は感じない。やはり吐き気もなく、食事を全部食べきることができた。
それ以外の副作用もほとんど自覚することはなかった。恵子さんがいちばん恐れていたのは脱毛だったが、その心配もなかったようである。そして、抹消神経症状も、持続点滴が終わって退院する頃には、ほとんど感じなくなっていたのである。
1回だけの治療で肺の影が薄くなった
最初の治療から2週間後の4月28日午前9時、恵子さんは2回目のFOLFOX4治療を受けるためにエビデンス病院を訪れた。最初にレントゲン撮影などの検査が行われる。恵子さんは退院後、自分でも咳の数が徐々に減ってきており、体調がよくなったことを自覚できていた。
「調子はよさそうですね」
恵子さんが診察室へ入っていくと、竹内医師は顔色を見ただけで言い当てた。点滴室に案内された。
「前回、吐き気は全くなかったんですね? プラチナ系のお薬はだいたい吐き気を伴うのが普通なので、吐き気止めが効いたのでしょう」
竹内医師はこう説明し、1回目と同じようにまず吐き気止めを点滴した。これが終わると続いてエルプラットが点滴される。
点滴が終わり、病院の食堂でうどんの昼食を取ると、再び竹内医師の診察室を訪れる。シャーカステンには恵子さんのものらしい胸のレントゲン写真が2枚張り出されていた。
「こちらが治療前、これが今日の画像です」
竹内医師の指さすほうを見る。
「明らかに肺の影が小さくなっていますね」
恵子さんにもそれは一目瞭然だった。
「FOLFOX治療が効いているんですね? よかったわー」
恵子さんはうれしくて思わず大きな声を出してしまった。
「このまま順調にいくといいですね」
そう言うと、竹内医師は、見覚えのあるボトルを見せた。
「今日はこの5-FUのポンプをつけて帰っていただきます」
「ええ、この前看護師さんから聞きました」
もう恵子さんは、山田病院で肺への転移を聞かされたときの悲壮感を忘れてしまったかのようだった。「帰りにお肉を買って、今晩はパパとワインでお祝いをしようかしら」などと考えていたのである。
こうして恵子さんは、その後も治療を受けに行く都度、レントゲン画像で肺の転移巣が小さくなっているのを確認できた。そして、7月22日に竹内医師はついにこう告げたのである。
「前々回の治療から肺の影が消えています。寛解ですね(*5治療効果の判定)」
FOLFOX4が効かなくなっても……

2005年の大晦日を迎えた。前の日恵子さんは、今年最後のFOLFOX4療法の治療を受けてきたばかりである。
「一時は今年いっぱい生きられないかとも思ったわ」
恵子さんは、食卓をはさんで向かい合っている夫の哲也さんにこう話した。
「ほんとうだよな。あのときは俺も目の前が真っ暗になったよ。こんなに元気になれるなんてね」哲也さんは妻の前で、少々照れたように話す。
「それで、今の抗がん剤治療はいつまで続けなければならないんだ? もうすっかりよくなったように見えるけどな」 「それが今の治療が効いているとわかっている限りは、続けなければならないらしいのよ(*6FOLFOX4療法の治療期間)」
「そうか。FOLFOX4というのは、お前にとって命の綱というわけだ。なすすべもなく死ななければならないがん患者もたくさんいるのだから、なんとか方策があるだけでもしあわせと思わなければな。でも、もし今の治療法が効かなくなるとしたら、どうなるんだ?」
「そうなの。竹内先生もいつかはFOLFOX4が効かなくなるかもしれないとおっしゃっているのよ……(*7抗がん剤の限界)。でも、まだまだ次の手、その次の手があるからって……(*8今後期待できる大腸がんの抗がん剤)」
「まだまだがんばらなくてはな。これから誠のところにできる孫も見られるし、卓のお嫁さんも見なければな」
夫婦の話題は、今日も2人の息子たちのことに向かった。
「そうね。私はこんな希望を持てる時代に大腸がんになって恵まれていたのかもしれないわ」
遠くに除夜の鐘が聞こえていた。
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