渡辺亨チームが医療サポートする:大腸がん編

取材・文:林義人
発行:2005年2月
更新:2019年7月

大腸がんの治療に腹腔鏡手術を選択する根拠

 斉藤信子さんの経過
2002年
4月25日
近所のクリニックで便潜血反応が陽性。
4月28日 R病院消化器内科の内視鏡検査で「進行したS状結腸がん」発見。
5月20日 R病院消化器外科へ入院。
5月21日 腹腔鏡手術で、S状結腸がんを摘出。
6月20日 病理検査の結果、3期のS状結腸がん。手術と術後補助抗がん剤療法を勧められる。
7月1日 5-FU+ロイコボリン療法を開始。

内視鏡検査で大腸がんが見つかった斉藤信子さん。

「進行したがん」と告知され、頭が真っ白に。

腹腔鏡手術と通常のお腹を開く手術のどちらでするべきか迷うが、家族のサポートを得て、結局腹腔鏡手術を選択することにした。

開腹手術か腹腔鏡手術か

内視鏡検査でS状結腸がんが見つかった翌日、斉藤信子さんはR病院消化器外科でがんの治療法について(*1結腸がんの治療)説明を受けることになっていた。「進行したがん」と告知されたことでショックのあまり眠れなかった信子さん。この日、夫の輝男さんが会社を休んで付き添った。診察室に招き入れられると、医師が待っていた。

「医長の熊谷誠一です。よろしくお願いします」

いかにも外科医らしくがっしりした体格をした熊谷医師は、とても穏やかそうな表情をしており、信子さんはちょっとほっとした。シャーカステン(CT写真などの読影装置)でレントゲン画像を示しながら、「できるだけ早い機会にがんを切除したいと思います」と話し始める。

腹腔鏡による手術シーン
腹腔鏡による手術シーン

「当科では積極的に腹腔鏡手術*2)を導入しています。この手術はお腹を開かないで、穴を開け、そこからカメラやメスなどを入れて手術する方法です。高度な技術を必要としますが、患者さんには傷が小さく痛みも少ないので退院も早くなり、大変喜ばれております。比較的早期の大腸がんに向いていますが、斉藤さんの場合は、リンパ節への転移も遠隔転移も見られないことから、この腹腔鏡手術が適応と考えられます。とくに結腸がんは場所的にも腹腔鏡手術がしやすいがんです。ご同意が得られればこの方法で手術をしたいのですが、いかがでしょうか? もちろんご希望によって開腹手術も可能です。治療費はどちらも変わりません」

信子さんは「どうしよう?」といった表情で輝男さんを見る。

「先生がお勧めになるのだから、腹腔鏡手術で受けたほうがいいと思うけどな」

輝男さんの言葉に信子さんは黙ってうなずく。

「手術法は今すぐ決めていただく必要はありません。まずベッドが空く日に合わせて先にご入院のスケジュールを決めさせていただきたいのですが、5月20日ではいかがでしょうか?」

信子さんは、医師から見せられた自分のがんの画像が目に焼きついている。「あれを一刻も早く取り除いてほしい」という思いがあった。「その日でけっこうです」と、その場で返事をしている。

見つかったリンパ節転移

5月20日、信子さんは大腸がん手術を受けるために入院した。すでに信子さんは腹腔鏡の手術を希望することを熊谷医師に伝えている。長男の一樹さんがインターネットで結腸がん治療についての情報を入手し、家族で検討した結果である。

夕方、看護師が信子さんに治療の説明をしにやってきた。手術から退院までクリニカルパス*3)にもとづいて、スケジュールに則って行われるとのことである。

5月21日、いよいよ手術当日だ。前夜はやはり心細い思いがして、よく眠れなかった。朝7時に浣腸を受け、1時間くらいの間に排便を完全に終えている。

昼には夫の輝男さんと一樹さん、仙台から駆けつけた長女聖子さんの3人が病室に集まった。1時過ぎに看護師が迎えに来ると、信子さんは歩いて手術室に向かった。家族3人は手術室の前まで一緒に行き、信子さんを見送った。

午後4時、「手術が終わりました」と待合室で待つ家族を看護師が呼びに来る。手術室に入ると熊谷医師は、摘出した組織を見せて「手術は成功しました。出血もほとんどありません」と説明を始めた。トレイに載せられたS状結腸は約20センチほどの長さ、硬くなった腫瘍の部分が見える。熊谷医師が続けた。

「他の臓器への転移は現在のところありませんが、リンパ節転移が疑われ、第1群から第3群まで切除しました(*4所属リンパ節の郭清)。微小転移をしている可能性も否定できませんから、今後他臓器転移が見つかる可能性もあり、経過を見ていく必要があります」

手術室から個室に搬入された信子さんは、1時間くらいで麻酔から醒めた。

「お母さん、気分はどう?」

聖子さんが声を掛けると信子さんは、「大丈夫よ」と小さな声で話した。それを聞いて、3人はほっとしてそれぞれ微笑みを浮かべる。個室にいる間は聖子さんが付き添うことにしていたので、輝男さんと一樹さんは「じゃ、明日また来るよ」と言って帰って行った。

手術翌日からリハビリ、1週間で退院

信子さんは手術の翌日から、もうリハビリが始まり、点滴をつけたまま廊下を歩く練習をした。お腹の傷跡がつるような感じがしてかなり痛い思いをする。「もし開腹手術をしていたら、とても歩ける状態にはなっていないはず」と考えて痛みに耐えた。昼食から流動食が始まっている。

術後3日目の昼にはクリニカルパスの通りいったん点滴が外され、食事は三分粥になる。4日目には点滴は日中だけ、食事は五分粥になって、聖子さんは仙台に帰っていった。

こうして、術後1週間目の日曜日に信子さんは退院の日を迎える。手術の傷跡のひきつれもあまり感じなくなっていた。熊谷医師から、今後の見通しについて説明があった。

「斉藤さんのS状結腸がんは、最初考えていた以上に進行していました。リンパ節転移も5つ見つかっています。リンパ節の郭清はしましたが、今後、再発の危険性は十分あると思います。定期的な検査(*5術後の検査)を受けていただくことが必要です」 信子さんにとっては、またもショッキングな話である。体重は、入院時より4キロも減っていた。

手術から1カ月経過した6日20日、信子さんの回復は目覚しく、体重も病気前と変わらなくなっている。この日信子さんは手術時の切除標本の病理検査の結果を聞くために、R病院に熊谷医師を訪ねた。

「TNM分類で3期、デュークス分類でC2、5年生存率は50パーセントです(*6結腸がんのステージ分類)。最初はリンパ節転移のないデュークスBだと思っていたのですが、手術でリンパ節転移がわかりました。斉藤さんのがんの組織型は中分化型といって、やや悪性度の高いタイプでした(*7結腸がんの予後不良因子)。術後補助化学療法*8)を行うことにより、再発のリスクを10パーセント程度引き下げることができるといわれています。5-FU(一般名フルオロウラシル)とロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)の併用療法を行いたいと思います」


同じカテゴリーの最新記事