遺伝子変異と左右どちら側にがんがあるかが、薬剤選択の鍵を握る! 大腸がん薬物療法最前線
BRAF遺伝子に変異がある場合の1次治療が変更
実は、BRAF遺伝子変異陽性については、第6版の「FOLFOXIRI+アバスチン推奨」との記載から、第7版では「FOLFOX+アバスチン、FOLFOXIRI+アバスチン両方を推奨」との記載に変更された。
「もともと欧州の臨床試験でFOLFOXIRI+アバスチンがFOLFIRI+アバスチンに勝って、BRAF遺伝子変異陽性はFOLFOXIRI+アバスチン1択になっていました。ただ、この組み合わせは最も強力であると同時に毒性も非常に強いので、その後もさまざまな解析が続けられていたのです。統合解析の結果、FOLFOX+アバスチンとFOLFOXIRI+アバスチンで差が見えなくなったと先ごろ発表されたので、それを受けて、第7版では『両方推奨』に記載を変更しました」
そして、FOLFOX+アバスチンとFOLFOXIRI+アバスチンの使い分けに登場するのが、やはり「原発巣の発生が右側か左側か」だという。
「BRAF遺伝子変異陽性は、そもそも大腸がん全体の5%程度と決して頻度は高くありません。ただ、BRAF陽性は右側が圧倒的に多く、この場合はやはりFOLFOXIRI+アバスチンという最大パワーで叩いたほうがよいとの見解です。私も臨床的な実感から、その考え方に賛成です。一方、BRAF変異陽性の左側発生は少ないのですが、こちらは右側に比べて少し穏やかな性質なので、FOLFOX+アバスチンでよいだろう、というのが現在のコンセンサスです」
大腸がんは発生の時点で、左側と右側でがんの性質に違いがあり、加えて、RASやBRAFといった遺伝子変異が上載せされて、がんの全体像になっていると考えたらよいようだ。
注目すべきはBRAF変異がある場合の2次治療
では、1次治療を経て増悪した場合、2次治療以降はどうなるのだろうか。
まず、RAS、BRAFともに遺伝子変異陰性の場合は、左側右側を問わず、FOLFOXをFOLFIRIに変え、追加する分子標的薬をアバスチン、サイラムザ(一般名ラムシルマブ)、アフリベルセプト(同ザルトラップ)といった血管新生阻害薬にする。1次治療の考え方を踏襲しつつ、薬剤を入れ替える手法だ。
また、現時点では、RAS遺伝子変異を直接抑える「RAS阻害薬」なるものは開発されていないので、RAS遺伝子変異が陽性であっても、上記と同様の薬剤選択になる。
2次治療で注目すべきは、BRAF遺伝子変異陽性の場合だ。
「第Ⅲ相BEACON CRC試験」の結果を受けて、ガイドライン最新版では、「BRAF阻害薬ビラフトビ(一般名エンコラフェニブ)+抗EGFR抗体薬アービタックス、もしくはビラフトビ+MEK阻害薬メクトビ(同ビニメチニブ)+アービタックスの併用療法を推奨する」と記載された。
下流シグナルのBRAF遺伝子に変異があったら、上流シグナルのEGFRを抗EGFR抗体で抑えても、がんの増殖は止められないのではなかったか?
「BRAF遺伝子変異陽性の状態に抗EGFR抗体を単独で化学療法と併用しても、���流の増殖シグナルは活性化しているので効果は期待できません。しかし、BRAFの変異をBRAF阻害薬で抑え込むことができれば、下流のがん増殖シグナルを止めて野生型(変異なし)と同等になるので、上流の抗EGFR抗体が効いてくるという考え方です」
BRAF遺伝子変異陽性の場合、1次治療でFOLFOXIRI+アバスチンという最大パワーで抑えにいき、その後、抵抗力を持ってしまったとしても、2次治療で別の方向からのアプローチが確立されたことになる。
3次治療以降、スチバーガの投与量
それぞれの3次治療以降は、これまでに使っていない薬剤から選択していくが、ここで新たに出てくるのが、代謝拮抗薬ロンサーフ(一般名トリフルリジン・ピペラシル)とマルチキナーゼ阻害薬スチバーガ(同レゴラフェニブ)だ。
とくに今回のガイドライン改訂では、サルベージ療法(他の治療法に無反応な場合の治療法)として、スチバーガの初回投与量の記載が追加された。
「スチバーガの毒性が強いことを考えると、標準容量とされる1日160mg投与では強すぎるケースが散見するようになり、ここ数年、1日80㎎から投与開始して40㎎ずつ増量したり、1日120㎎からスタートするなど、投与量を模索する臨床試験がいくつか行われてきました。それらを総合的に判断して、1日80㎎スタートで副作用を見ながら少しずつ投与量を増やしていく手法が無増悪生存期間(PFS)も全生存期間(OS)もよいことがわかり、今回のガイドライン改訂では、80㎎、あるいは120㎎からの開始が可能であることを追記しました」
がん遺伝子パネル検査は2次治療あたりで
標準治療終了後に増悪した場合、もしくは標準治療がない場合の固形がんに対し、がん遺伝子パネル検査(CGP検査)が保険適用されたのは2019年。それを受けて、今回の改訂においても、大腸がんでは初めて、「CGP検査を適切な時期に行うことを推奨する」と記載された。
「『行うべき標準治療がなくなったら検査しましょう』というのがCGP検査の位置づけですが、ガイドラインにある標準治療をすべて終了し、かつ増悪している状況となると、予後が非常に短いのが実情です。CGP検査は結果が出るのに2カ月ほどかかることを考えても、治療法がなくなって初めて検査に出したのでは、たとえ遺伝子変異が見つかっても、その恩恵を受けられる人はほとんどいなくなってしまいます」
そこで、今回のガイドラインでは、「適切な時期」を「2次治療あたり」と記載したそうだ。
1次治療前に行う遺伝子検査は、先述のとおり、RAS、BRAF、MSI-Hの3つの遺伝子のみ。CGP検査は、100を超える膨大な遺伝子をターゲットにしており、例えば、NTRK融合遺伝子やTMB-H(遺伝子変異量)などがその1つになる。
NTRK融合遺伝子の変異は大腸がんの約1%と少ないが、見つかればTRK阻害薬ロズリートレク(一般名エヌトレクチニブ)、キナーゼ阻害薬ヴァイトラックビ(同ラロトレクチニブ)が使えるので治療法の幅は広がる。同じくTMB-Hが見つかれば、今年(2022年)2月にTMB-Hの進行再発固形がんにキイトルーダが保険適用されたので、その恩恵を受けられる。
「せっかくCGP検査を受けるなら、その結果から受けられる治療の機会を逸してほしくないのです。ですから、CGP検査に進むならば『2次治療あたり』で考えてほしいということで、今回の記載になりました。CGP検査の有効性についてはまだ未解明の部分も多いですが、保険適用されたことは大きな1歩だと思います」
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