切除可能な直腸がん試験結果に世界が注目も 日本の標準治療は「手術」で変わりなし

監修●山口研成 がん研有明病院副院長/消化器内科部長/消化器化学療法科部長
取材・文●菊池亜希子
発行:2024年1月
更新:2024年1月


放射線治療による晩期合併症を避けたい

また、直腸がん治療において、日本で放射線治療を多用しない理由は、「晩期合併症を避けるため」でもあると山口さんは指摘します。

「直腸に放射線を照射すると、その周辺も少なからず暴露します。そこに生じるのはやはり機能不全と2次がんの危険性なのです。もちろん、晩期合併症のリスクを負ってでも行わなくてはならないほどがんが進行している場合は術前化学放射線療法を行いますが、そこまでではない場合、とくに若年の患者さんに対しては、極力、晩期合併症を回避するために放射線治療を避けるのが日本の考え方です」

そもそも、術前化学放射線療法が標準治療として定着していた米国でPROSPECT試験が行われたのも、若年の直腸がん患者が増えてきたことが背景にありました。若年であればあるほど、放射線治療が後々及ぼす影響は大きいため、放射線照射なしで同等の効果が得られるならばできる限り回避させたい、そんな医療者の思いから、長い時間をかけてPROSPECT試験が続けられてきたというのです。

「PROSPECT試験に10年以上の年月を要したのは、臨床試験の割り付けで、放射線照射のない群に割り当てられる可能性もあったからだと思います。低リスク直腸がんにおける術前CRTが過度な治療ではないかとの意見が欧米でも多くなりつつも、やはり標準治療である放射線治療をしないことへの抵抗が、医療者にも患者さんにもあり、だからこそ10年もの時間がかかったと考えられます」と山口さんは振り返りました。

2023年、ようやくPROSPECT試験の解析結果が発表され、FOLFOX(術前化学療法)群のCRT(術前化学放射線療法)群に対する無病生存期間(DFS)における非劣性が証明されたことは、欧米諸国において、切除可能な低リスク直腸がん治療が変化していく大きな兆しとなるでしょう。

直腸がん治療のもう1つの話題、TNTとは?

ここで、直腸がん治療における世界的なもう1つの話題に触れておきましょう。

それは、トータル・ネオアジュバント・セラピー(Total Neoadjuvant Therapy:TNT)と呼ばれる、現在研究途上の治療法です。進行直腸がんに対し、術前化学放射線療法に、これまで術後に行われていた全身化学療法を合わせて、すべてを術前に行うのです。これにより、局所再発だけでなく遠隔転移の確率も下げること、さらに、治療後に画像検査でがんが消えたことなどが海外の臨床試験で報告され、話題になっています。

直腸がん手術は合併症を起こしやすく、また、腫瘍の位置によっては人工肛門を免れないケースがあります。つまり、手術と引き換えに���体の機能をある程度犠牲にせざるを得ない側面があるのです。TNTは、進行直腸がんの術前化学放射線療法に加えてFOLFOXやXELOXなどの全身化学療法をすべて術前に行い、その効果によっては手術をしなくすむ治療法なのです(図3参照)。

「直腸を切除しなければ、肛門は温存され、手術による合併症も免れますからメリットはたしかにあります。ただ、現状、臨床試験といえども少なくとも若年層には薦められないと私は思っています。肛門が残ってどれほどQOLが保たれようとも、それと引き換えに命を縮めたら本末転倒です。TNT療法は現在、あくまでも研究段階。海外はもちろん、日本でも臨床試験が複数行われていますが、多くは結果待ちの状況です」

直腸がん治療で最も大切なことは何でしょうか?

また、たとえ肛門を残しても、放射線照射すると肛門括約筋が多少なりともダメージを受けるので、肛門の締まりが悪くなるといった後遺症が出ることがあります。手術しなければ合併症や後遺症がないというわけでは決してありません。

最後に、山口さんはこう締めくくりました。

「直腸がんは局所再発すると強い痛みを伴い、非常につらい経過をたどることが多いのです。ですから我々は再発させないことを最優先に治療選択しています。どうか肛門を残すことに固執し過ぎて、適切な治療タイミングを逸することだけは避けていただきたいと願います。最も大切なことは再発させないこと、そして命を繋ぐことです」

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