諦めない進行食道がんの治療 Ⅲ、Ⅳ期食道がん5年生存率 好成績の治療戦略とは

監修●出江洋介 東京都立駒込病院食道外科部長
取材・文●池内加寿子
発行:2014年5月
更新:2020年3月


両肺換気の鏡視下手術で 合併症を防ぐ

図4 両肺喚気で行う鏡視下手術

腹部の腹腔鏡操作と頸部の操作を2連隊で同時進行する。腹部から二酸化炭素を送り込むことで肺がほどよくへこみ、両肺換気を維持しながら視野が開け、食道の剥離、中下縦隔リンパ節郭清、胃管再建まで行える

駒込病院での食道がん5年生存率が高いもう1つの秘密は、出江さんが工夫を重ねて考案した手術の術式にある。「当科では食道がん手術の約半数に腹腔鏡や胸腔鏡による鏡視下手術を行っていますが、これも生存率アップに貢献していると考えられます」

鏡視下手術とは、体に開けた直径1㎝ほどの穴からカメラや手術器具を差し込んで、モニターの映像を見ながら進める手術だ(図4)。

開胸手術では、頸部、腹部、胸部の3カ所を広く切開しなければならない。がんを含めて長い食道を剥離、切除し、食道周囲の頸部、胸部、腹部に広がるリンパ節を郭清し、胃で食道を再建して頸部の食道につなぐ大手術となる。手術時間は7~8時間に及び、傷も大きく、患者さんの負担も少なくない。また、肺などの呼吸機能にも影響するため、術後肺炎などの合併症も出やすくなる。「その点、鏡視下手術は傷口が小さいため回復も速く、合併症も少ないので、患者さんの負担も軽く済みます」

ただ、鏡視下手術は開胸手術に比べてプロセスが非常に細かく、熟練を要する上に、意外と時間もかかる(7時間程度)という。そこで出江さんは、鏡視下手術の術式に工夫を加えて、手術の質を落とさずに時間短縮を図り、合併症を防ぐクオリティの高いオリジナルの手法を考案している。

「第1のポイントは両肺換気です。開胸手術では、開胸時に体位を横向きに変換して、右胸サイドの肋骨と肋骨の間を30センチほど背中まで大きく切ります。さらに、胸の中の手術操作では、術野を確保するために右肺をつぶして片肺換気にしなければなりません。体位変換、開胸、片肺換気という3要素は、患者さんの負担に加えて非常に肺の合併症を起こしやすくなるマイナスポイントです。術後肺炎のリスクが高いだけでなく、将来的にも胸腔が小さくなって肺活量が落ちるため、肺炎を起こしたときには回復しにくく、寿命を縮める原因になります。その点、当院で行っている鏡視下手術は、時間を短縮しながら、両肺換気を維持できて、その上肺活量の低下を防げるので、肺炎などの合併症も少ないのです。このような術式の工夫も、生存率を高める1つのポイントになっています」

両肺換気で行う鏡視下手術の手順を紹介しよう。まず、図4のように、腹部の腹腔鏡操作と頸部の操作を2連隊で同時進行する。これも時間短縮につながる。腹部から二酸化炭素を送り込むこ���で肺がほどよくへこみ、両肺換気を維持しながら視野が開け、腹部から横隔膜裂孔を経て挿入した器具とカメラで、腹部から胸部中央までの操作が可能となり、食道の剥離、中下縦隔リンパ節郭清、胃管再建まで行える。頸部操作では、頸部リンパ節郭清、食道切離、食道胃管吻合まで行う。その後、胸腔鏡による右サイドからのアプローチで、胸部上部の操作、上縦郭リンパ節を郭清し、胸部食道を剥離、摘出する。このときもほぼ両肺換気を維持できるという。

ハイブリッド手術や 腹腔鏡のみの術式も考案

図5 ハイブリッド食道切除術

軟性内視鏡を口から食道に入れて食道を引っ張り上げると、スムーズに剥離が進み、時間短縮にもつながる

図6 腹腔鏡下完全経裂孔的食道切除術(iTHE)

腹腔鏡だけで腹部操作と胸部操作を行い、胸腔鏡は使用しない、体に優しい術式。体位変換も右サイドからの胸部操作も行わないので、合併症も少なく、患者さんの予後は良好、高齢患者さんに向いている

このほか、両肺換気の基本術式に内視鏡を補助的に使う「ハイブリッド食道切除術」、頸部操作なく腹腔鏡のみで行う「完全経裂孔的食道切除術(iTHE-integrated transhiatal esophagectomy)」など、さらに工夫をこらしたオリジナルの術式も成果を挙げている。

「ハイブリッド食道切除術」(図5)は、口から入れた内視鏡を食道の牽引に使う術式だ。前述の手術では、腹部から入れた器具で縦隔に向けて食道剥離などの手技を進めていくが、縦隔は狭いので助手の鉗子が入れにくい。そこで、軟性内視鏡を口から食道に入れて食道を引っ張り上げると、スムーズに剥離が進み、時間短縮にもつながるという。

「腹腔鏡下完全経裂孔的食道切除術(iTHE)」(図6)は、腹腔鏡だけで腹部操作と胸部操作を行い、胸腔鏡は使用しない、体に優しい術式である。体位変換も右サイドからの胸部操作も行わないので、合併症も少なく、患者さんの予後は非常に良好だという。頸部操作も行う腹腔鏡下経裂孔的食道切除術では、食道がん手術のキモともいえる縦隔リンパ節郭清も、腹腔鏡の操作と頸部操作で極力行う。5年生存率は、胸部操作を加える鏡視下手術と比較するとやや落ちるが、Ⅲ~Ⅳ期まで含めて48.7%という好成績となっている。

「食道ステント(食物の通り道を造る手術)の適応としてもよいような全身状態があまり良くないⅣ期の患者さんにも経裂孔的食道切除術を行っていますが、術後肺炎などの合併症はなく、食事摂取も良好でした。80歳以上の高齢患者さんなど症例を選んで行えば、本来の寿命まで生きることも夢ではありません」

術後肺炎などの重篤な合併症が少ないことも、生存率アップには欠かせない。

駒込病院ではこのように、Ⅲ~Ⅳ期の難治性の食道がんに対してもチーム医療による集学的治療と鏡視下手術の工夫など、あくなき改良によって治療のレベルアップを図り、患者さんそれぞれに合わせた個別化治療を目指している。

「標準治療は一定の治療水準を保つ上で必要ですが、もっとよくするにはどうしたらいいか智恵を絞り、患者さんの年齢や病状に合わせてもっと上をいく治療、患者さんのQOL(生活の質)にも配慮した治療を目指すのが駒込病院のスタンスです。Ⅲ~Ⅳ期でも諦めずに最適な治療を受けてほしいですね」と出江さんは患者さんに、熱いメッセージを贈っている。

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