肋骨を切らない手術で、回復も早く、術後合併症も減らせる 新たな可能性として期待が集まる食道がんの胸腔鏡下手術

監修:北川雄光 慶應義塾大学医学部外科学教授・慶應義塾大学病院副院長・腫瘍センター長
取材・文:平出 浩
発行:2012年6月
更新:2019年7月

胸腔鏡下手術のメリットとデメリット

胸腔鏡下手術のメリットは何だろうか。北川さんは主に次の5点を挙げる。

①肋骨を切断しなくてよいので、患者の体への負担が小さく、痛みも小さい。
②手術後の回復が早く、入院日数も短い。
③手術中の出血が開胸手術よりも少ない。
④手術後の呼吸器合併症が開胸手術より少ない可能性がある。
⑤手術の様子がモニターに拡大して映し出されるため、ほかの医師も手術のやり方を見ることができる。そのため、開胸手術に比べ、若手の外科医に対する教育がしやすい。

これらのメリットは、基本的には実感レベルだが、一部には研究報告も出ているという。

反対に、デメリットについ ては、主に次の3点が挙げら れる。

①手技が高度で、非常に難しい。
②開胸手術より手術時間が長い。
③大きな血管から出血するなどの緊急時への対応が困難になる可能性がある。

デメリットを克服ないしは軽減していければ、胸腔鏡下手術の可能性はますます広がりそうである。

センチネルリンパ節生検が食道がんでは難しいが

[図5 食道がんで郭清するリンパ節]

図5 食道がんで郭清するリンパ節

上部・中部・下部というがんのある位置によって郭清範囲が決まる。食道がんでは広範囲にリンパ節転移を生じるため、頸部・胸部・腹部の3領域について郭清が行われる

乳がんでは定着し、他の消化器のがんでもすでに検証が進められているセンチネルリンパ節生検だが、食道がんにおいても注目されるようになってきた(センチネルリンパ節生検については、22~23頁同特集1参照)。センチネルリンパ節生検を手術に組み込めば、過度なリンパ節郭清を防げる可能性がある。ただし、食道がんのセンチネルリンパ節生検には特有の問題がある(図5)。

「食道のセンチネルリンパ節生検は、胃がん��それよりもかなり難しいのが現状です。食道のリンパの流れは非常に複雑かつ多彩です。たとえば、がんが下のほうの食道である腹部食道にあるのに、上部の頸部食道のリンパ節に転移していたり、食道の上のほうにがんがあるのに、一気に消化器に転移したり。食道がんはリンパの流れに乗って、遠くに飛んで転移しやすいのです。

離れたところに転移しやすいということは、センチネルリンパ節があちこちに複数あると考えられます。しかも、食道のリンパ節は胸の奥深くに埋まっていて、簡単には切除できない。つまり、センチネルリンパ節生検の精度を立証しにくいばかりか、生検を行うこと自体も非常に難しい状況にあるのです」(北川さん)

個別化医療への道を拓く生検の可能性

このような現状ではあっても、将来的には、食道がんのセンチネルリンパ節生検に希望も見えるという。

「患者さんのリンパの流れが主に上に向かっているか、下に向かっているか、あるいは両方向に向かっているかは、センチネルリンパ節の場所から、だいたいわかるようになりました。これによって、手術する範囲を多少は限定できるようになるかもしれない。たとえば、リンパが下のほうだけに流れている人に対しては、首に近いリンパ節の切除は不要とする、などです。大まかではありますが、そのような手術の個別化を図るうえで、センチネルリンパ節生検が今後、役立つ可能性があります」(北川さん)

このほかには、放射線治療を行う際についても、センチネルリンパ節生検を利用することで、リンパの流れを参考にした照射に応用できるようになるかもしれないという。食道がんのセンチネルリンパ節生検をどう応用するかという工夫次第で、将来、個別化治療への可能性は広がっていきそうだ。

胸腔鏡下手術中の様子

胸腔鏡下手術中の様子。鉗子を扱うアシスタントなどを含め、数人で行う。
右端が術者の北川さん

胸腔鏡下手術中のモニター画面

胸腔鏡下手術中のモニター画面。胸腔鏡で観察しながら反回神経(→の部分)を傷つけないよう、慎重にリンパ節を郭清している


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