痛みが少なく、翌日には歩けて「大手術を受けた」感覚がないのに、開胸・開腹手術と同等の治療成績 体の負担を軽くし、合併症も少ない食道がん胸腔鏡・腹腔鏡併用手術

監修:村上雅彦 昭和大学医学部消化器一般外科准教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2008年10月
更新:2013年4月

痛みが少なく翌日には歩行が可能に

鏡視下手術の大きな特徴は、胸腔鏡や腹腔鏡を使って、細い神経や血管も拡大して見ることができる点です。

「たとえば、反回神経周囲のリンパ節郭清を行う場合も、近くまで寄って神経を拡大して見ながら郭清ができます。だから、細い神経でも残してきちんとリンパ節郭清をすることができるのです。これは血管でも同じです。食道は心臓や大動脈に囲まれているので、細い血管を傷つけただけでも大出血につながることがあります。しかし、鏡視下ならば細い血管も残せるし、しっかり止血を行うことができます」と村上さん。ちなみに反回神経を傷つけると、高い声が出なくなったり、むせるようになります。たいていは一時的ですが、時には自力で呼吸することが困難になることもあります。

また、通常食道がんの手術では1リットルぐらい出血するのが普通で輸血は必須です。ところが、村上さんたちが行っている鏡視下手術では、出血は100cc程度。「1度も輸血をしたことはない」そうです。

さらに、肺炎など呼吸器系の合併症も減少します。開胸手術の場合は胸を大きく切開するので、術後の痛みが強く、人工呼吸器をはずして歩行が始まるのは術後5日目以降になります。そのため、タンなどが肺にたまり一般的には20~30パーセントの人に肺炎が起こります。しかし、鏡視下手術の場合は「手術直後に人工呼吸器をはずし、麻酔が覚めてもほとんど痛みがないので夕方にはもう家族と話ができるし、翌日には歩くことができます」と村上さん。そのため、肺炎の発生率もわずか2パーセント程度だそうです。

[胸腔鏡・腹腔鏡併用手術の利点]

術後経過の比較
  開胸・開腹手術(従来の方法) 鏡視下手術(VATS-E)
呼吸器管理(抜管) 翌日~5日間まで 当日に抜管
経口開始 7日~10日目より開始 翌日より水分開始3日目より食事を開始
安静・歩行 5日目位より歩行開始7日目はICU 翌日昼にはICU~自室へ歩行も開始
胸腔ドレーン抜去 5日目くらい 4~5日目(但しサイズは細く袋は小さい)
入院期間(術後) 3~4週間程 8日~14日

80歳以上でも手術は可能

写真:術後1カ月後の傷跡
術後1カ月後の傷跡

また、通常の開胸手術だと、縫合不全が心配なので食事が始まるのは、術後1週間ぐらいたってからです。術後にたまる浸出液などを排出するための管(ドレーン)も胸、腹、胃などに入ります。食事がとれるまではIVH(中心静脈栄養・頸の静脈に管を入れて輸液で栄養を補給する方法)で栄養をとるのがふつうです。しかし、村上さんたちの鏡視下手術では、ドレーンは1本胸に入れるだけで、手術の翌日からは水を飲み、3日目からは食事も始まります。したがって、IVHの必要もなければ、ドレーンの数が少ないのでそれだけ管からの感染の危険も少なくなるのです。

痛みが少なく、出血も少ないので輸血もほとんど必要なく、翌日から歩けて食事も3日目からできる。肺炎や縫合不全などの合併症も極めて低いというのが、鏡視下手術の大きな特徴です。そのため、患者さんは「手術の翌日には、一般病室に戻って歩くこともできるので、あまり大きな手術を受けたという思いはないようですね」と村上さん。

食道がんの手術は、通常体に大きな負担がかかるので、75歳以上はリスクが大きく、80歳以上は禁忌とさえ言われているそうです。ところが、村上さんたちは80歳以上でも他に問題がなければ「ふつうに鏡視下手術を行っている」といいます。それほど、開胸・開腹手術とは、体にかかる負担が違うのです。早期からベッドを離れて歩くので、高齢者の場合臥床による痴呆の発生もなければ、肺機能の低下もせいぜい5パーセント程度ですむそうです。

「もちろん社会復帰もできますし、ゴルフなども大丈夫です」と村上さんは話しています。

なぜ鏡視下手術は普及しないのか

これだけ体にかかる負担や合併症の発生率が違い、なお開胸手術と治療成績が変わらないというのであれば、なぜ食道がんの手術は鏡視下手術に移行しないのでしょうか。村上さんたちが昭和大学で鏡視下に食道がんの手術を始めて、すでに12年ほどになります。しかし、決して鏡視下手術が普及しているとはいえないのが現状です。

食道がんの開胸手術から鏡視下手術に移行した医師は、鏡視下といっても胸に5センチほど切開を入れて開き(小開胸)、胸腔鏡で見ながら実際にはこの切開から手術をしているそうです。これだと、やはり傷が痛むといいます。村上さんたちのように、完全に鏡視下に手術を行っているグループは、むしろ少数派なのです。

その理由について、村上さんは「やはり、技術的な難しさがあるのだと思います」と語っています。鏡視下手術では、患者さんを横向きにして胸部の手術を行いますが、この時大動脈や心臓に鉗子が刺さっただけで出血し、命とりになることもありえます。また、実際の手術は術者と、胸腔鏡などカメラの操作を行う人、助手の3人で行います。「この3人の実力が同じレベルにならないと、上手な鏡視下手術は行えない」といいます。

鏡視下手術は、モニター画面で同じ画像を見ながら指導ができるので、理解は早いといいますが、患者さんが少ないので経験を積むことができにくいのも食道がんの特徴です。しかし、最近は大腸や胃でも鏡視下の手術が増えているのですから、食道がんでもこうした鏡視下手術が増えてほしいものです。


同じカテゴリーの最新記事