渡辺亨チームが医療サポートする:食道がん編

取材・文:林義人
発行:2005年8月
更新:2019年7月

手術の代わりに化学放射線治療を希望し、セカンドオピニオンを求めた

治療法の決定に不可欠な進行度分類

大津敦さんのお話

*1 食道がんの進行度分類

食道がんの治療法を決めたり、また治療によりどの程度治る可能性があるかを推定する場合、病気の進行の程度をあらわす分類法、つまり進行度分類を使用します。わが国では日本食道疾患研究会の「食道癌取扱い規約」に基づいて進行度分類を行っています。各検査で得られた所見、あるいは手術時の所見により、深達度、リンパ節転移、他の臓器の転移の程度にしたがってステージという言葉で表します。

[食道がんの進行度分類]
ステージ0 がんが粘膜にとどまっており、リンパ節、他の臓器、胸膜、腹膜(体腔の内面をおおう膜)にがんが認められないものです。いわゆる早期がん、初期がんと呼ばれているがんです。
ステージ1 がんが粘膜、粘膜下層にとどまっているが近くのリンパ節に転移があるものか、粘膜下層まで浸潤しているがリンパ節や他の臓器、さらに胸膜・腹膜にがんが認められないものです。
ステージ2 がんが固有筋層、食道の外側の壁(外膜)にまでおよんでいると判断されたときです。リンパ節転移がなければ2A期、食道のがん病巣のごく近傍に位置するリンパ節のみに転移していると判断されたときは2B期に分類されます。
ステージ3 がんが食道の外膜の外に出ていると判断されたとき、食道壁にそっているリンパ節か、あるいは食道のがんから少し離れたリンパ節にがんがあると判断され、他の臓器や胸膜・腹膜にがんが認められない場合です。
ステージ4 がんが食道周囲の臓器におよんでいる場合を4A期、がんから遠く離れたリンパ節や他の臓器にがんがあると判断された場合を4B期と分類されます。

*2 食道がんの深達度

食道のいちばん内側表面の扁平上皮から発生したがんは、次第に粘膜下層、筋層へと入り込み、周囲の臓器へ拡がっていきます。この入り込んでいくことを浸潤と呼び、その深さを壁深達度といいます。深達度は8段階に分類されていて、深いほど、リンパ節転移の確率が高いことが明らかとなり、現在、深達度を把握することは、その後の治療法の選択に重要な要素となっています。

[食道がんの深達度]
食道がんの深達度

*3 食道がんの組織分類

内視鏡検査のとき、がんの部分をつまんで顕微鏡で観察し、組織学的に分類することでがんの性質を分類します。

食道の悪性腫瘍は、粘膜から発生する食道がんと���平滑筋肉腫などの非上皮性悪性腫瘍に大別されます。食道がんには扁平上皮がんや腺がん、未分化がんがあり、日本人の約92パーセントが扁平上皮がんといわれています。

80年代に確立した「3領域郭清」という手術法

大津敦さんのお話

*4 食道がんの手術

ステージ1~3の食道がんでは外科手術が日本の標準です。この手術は他の臓器のがんの手術と比較しても大がかりな手術に属します。日本では80年代後半に「3領域郭清」という手術方法が確立して、頸部、胸部、腹部の3つの部位を開き、それぞれのリンパ節をていねいに郭清することによって、治療成績を大きく向上させてきました。基本的には心臓のない右の胸を開いて、食道を頸部の1部を残してほとんどすべて切除します。そして、お腹をみぞおちからへそまで切開し、胃を細長く作り直して吊り上げ、頸部の残っている食道の端と縫い合わせます。さらに、食道と関わるリンパ節を3領域郭清することになるのです。手術は8~12時間くらいかかることもあります。

*5 手術後の合併症・後遺症

食道がんの手術は、体への負担が大きく、以前は手術中に死亡する例も多く見られましたが、現在では安全性が向上しています。また、手術後の合併症として、胸部食道がんで呼吸器合併症(声帯浮腫、肺炎等術後)や肺炎、心不全、縫合不全、肝・胃障害などが多く認められますが、適切な対応により、多くは改善します。手術後早期に死亡したり、手術が成功しても体力が戻らずに死亡する割合は普通2パーセント以下です。

[手術の問題点]
合併症の発生率 手術死亡率(手術後退院できずに死亡する割合):2%以下
肺炎:20%前後 
縫合不全(つなぎめのほころび):15~25%
肝・胃・心障害:3~5%
吻合部狭窄:14~25%
食物摂取可能量の減少
声が出せなくなる

しかし、食道がんの手術はしばしば後遺症を伴います。胃を筒状にして食道の代用とするため、食べた物を蓄える場所がなくなって、十分に食べられないなど、不自由な思いをする例も出てきます。また、食道の上のほうの頸部食道がんでは、発声装置のある喉頭もとることが多いので、声を出せなくなってしまうこともあります。これらの発生率は、手術前に他の臓器に障害をもっている人では高くなります。


*6 食道がんの治療成績

食道がんは一般的に予後が悪いがんと考えられています。それでも、粘膜にとどまるがん(ステージ0~1a)では内視鏡的粘膜切除術(EMR)あるいは手術で切除できれば5年生存率はほぼ100パーセントです。がんが粘膜下層まで拡がってもリンパ節転移を起こしていなければ、手術で80パーセントが治ります。日本食道疾患研究会の「全国食道がん登録調査報告」では、手術でとりきれた場合の5年生存率は、ほぼ54パーセントに達しました。

[食道がんの治療成績]

食道がんの5年生存率
ステージ(病期) 5年生存率
0 70.2%
1 64.5
2A
2B
51.5
34.0
3 19.8
4A
4B
13.7
5.5
(1988年~1997年に手術を受けた人、
全国食道がん登録調査報告)
胃がんの5年生存率
ステージ(病期) 5年生存率
0 97%
1A
1B
92
90
2 76
3A
3B
59
37
4 8
(国立がん研究センター)


食道がんに高い効果を示した化学放射線治療

大津敦さんのお話

*7 食道がんの治療法

食道がんの治療は、内視鏡によるがんの摘出(EMR)と外科手術が中心です。これに対して、放射線と抗がん剤を組み合わせた化学放射線治療が注目されるようになってきました。これらは食道がんのステージによって使い分けられています。

●ステージ0~1
がんが粘膜筋板の内側にとどまる場合は、EMRが標準。がんが粘膜下層にまで達している場合は手術。合併症などで手術できない場合や手術を避けたい場合は化学放射線治療。

●ステージ2~3
がんが食道の筋層より深く達している場合で、手術が標準で、術後に化学療法を追加する場合もある。合併症などで手術できない場合や手術を避けたい場合は化学放射線治療を行う。手術前に放射線と抗がん剤を使う臨床試験も進んでいる。

●ステージ4
4A期はやや離れたリンパ節転移を伴う場合で、手術あるいは化学放射線治療を行う。4B期は他臓器に転移がある場合で、手術は行わず、化学療法が中心で通過障害がある場合は放射線も併用する場合がある。

*8 化学放射線治療

進行した食道がんや、高齢や重い合併症があり大きな手術に耐えられない人には、手術が適応でない場合があります。その場合、従来は放射線治療や抗がん剤治療が行われてきました。

放射線治療は、体外からがん細胞に放射線を当てることにより、細胞そのものを殺そうとする治療法です。がん細胞は正常細胞よりも早く分裂・成長するために放射線が働きやすいのですが、同じ場所への照射は1回しかできません。もちろん正常細胞も放射線で被曝するので白血球減少や倦怠感、吐き気、発熱などの副作用も現われます。

一方、抗がん剤治療も、薬でがん細胞の分裂や増殖を抑えようとするものですが、これも正常細胞にも働きいろいろな副作用が出てきます。さらに、治療が長びくと、がん細胞に対してだんだん薬が効かなくなるという問題がありました。

ところが、抗がん剤と放射線を併用する化学放射線治療は、食道がんの治療に高い効果があることがわかったのです。この治療を3~4カ月間行うと、手術ができないほどがんが進行した人でもがんが消える例があることがわかってきました。最近では、手術ができない人ばかりでなく、手術ができる早期のがんに対しても効果があることが分かり、注目されるようになっています。

化学放射線治療は、手術に比べて身体的負担が少なく、食道を温存できることがメリットです。これにより治療後もがんになる前と同じような食生活を送ることができるし、多くの場合体重が減ることもありません。

欧米では1990年代から化学放射線治療が本格的に行われるようになりました。放射線単独に比べて化学放射線治療のほうが治療成績がいいことがわかっています。また、化学放射線治療では放射線量を増やしても成績の向上がみられないこともわかりました。

[化学放射線治療の効果]
化学放射線治療の効果グラフ

*9 化学放射線治療のデメリット

化学放射線治療には難点もあります。放射線をかけると、治療後しばらくして肺に間質性肺炎が起き、命にかかわる危険が出ることもあります。治療期間は数カ月と長く、効果がなかったり再発したりすることもあります。この場合は手術を行いますが、放射線で傷んだ食道の手術は容易ではなく、危険性の高い手術になります。


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