顔が赤くなる人のリスクは89倍! 飲酒による食道がんの危険をもっと知ってほしい

監修●堅田親利 京都大学大学院医学研究科がん免疫PDT研究講座特定准教授
取材・文●半沢裕子
発行:2025年3月
更新:2025年3月

「アルコールが食道がんの直接的原因になることに加えて、とくに少量のお酒で顔が赤くなる人は要注意であることを社会に広く知ってもらえれば、対応も変わってくるのではないか」と語る堅田さん

アルコールは、食道がんの原因の1つであると2009年に初めて論文で十分な根拠が示されました。その後も飲酒で発生するアセトアルデヒドと食道がんとの関連が次々発表されています。

「酒に弱くても鍛えれば飲めるようになる」も大きな誤解で、食道がんのリスクを高めるだけ。また、食道がん治癒後に飲酒を再開すれば再発リスクが高くなることもわかっています。現在ではタバコの害については広く知られていますが、アルコールについても知っておくことが重要です。京都大学大学院医学研究科がん免疫PDT研究講座特定准教授の堅田親利さんに、飲酒と食道がんについて解説していただきました。

「酒飲みは食道がんになるリスクが高い」というのは本当ですか?

「正確に言うと、お酒で顔が赤くなる日本人は、食道がんになるリスクが非常に高いということです」と、京都大学大学院医学研究科がん免疫PDT研究講座特定准教授の堅田親利さんは語ります。

飲酒すると、アルコール(エタノール)が主に肝臓などで、アルコール脱水素酵素(ADH1B)によってアセトアルデヒドに分解されると、血中のアセトアルデヒド濃度が上昇し、顔が赤くなるフラッシング反応があらわれます。アセトアルデヒドは、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)により無毒な酢酸に分解されます(図1)。

「しかし、その酵素がない、あるいは低活性の人は酢酸になかなか分解されず、アセトアルデヒドという発がん性物質が血液中をぐるぐる回っているということになるのです」

血中のアセトアルデヒドが呼気から出て、唾液の中に吸着します。その唾液が口、喉、食道に溜まっていると、扁平上皮細胞がアセトアルデヒドに暴露され、がん抑制遺伝子TP53を損傷(変異)します。この遺伝子はがん細胞の増殖を抑える、遺伝子変異を修復する、異常な細胞を排除するなどの働きを持つので、これが損傷されると、がんが発生しやすくなってしまうのです。

「つまり唾液が停滞しているところが危険なのです。こうしたメカニズムがわかって、〝飲酒で顔が赤くなる日本人が、食道がんになるリスクは非常に高い〟と明確に言えるようになりました。正確には中国や台湾、韓国など東アジアの人に共通しています」(図2)

アセトアルデヒドによる食道がん以外のリスクは?

「食道がんを含��頭頸部がんと飲酒由来のアセトアルデヒドの関係を初めて明確にしたのは、WHOの下部組織であるIARC(国際がん研究機関)の2009年の論文で、アセトアルデヒドを発がん性物質と認定しました」

2023年8月米国ワシントンポストに、「アルコールによる〝アジアン・グロー〟は単なる不快感ではなく厳しい警告である」として、「世界の約8%がALDH2欠損していて、その大多数が東アジア人のため、この反応を〝アジアン・グロー〟と名付けられている。東アジア人の推定45%は、飲酒をすると〝グロー〟を感じ、ALDH2欠損はがんや心臓病や骨粗しょう症など驚くほど多くの疾患と関連づけられている」という記事が掲載され、遺伝医学の教授は「これは酒に関する最も一般的な東アジア人の遺伝性疾患の1つ」と語っています。

「さらに今日では、がん領域において、アルコールは食道がんだけでなく頭頸部がん、大腸がん、肝がん、乳がんなども引き起こすと考えられています。アセトアルデヒドはアセトアルデヒド病と呼んでもいいくらい、さまざまな病気を引き起こす有機化合物なのです」

なお、タバコの煙には化学物質が5,000種以上含まれているとされていますが、アセトアルデヒドも含まれています。飲酒に加え喫煙をする人は、食道がん発症リスクがさらに高くなります。

同じ日本人でもどういう人がリスクの高いのですか?

〝少量の飲酒で顔が赤くなる日本人〟は約半数いますが、アセトアルデヒドを分解するALDH2遺伝子をほとんど持たないホモ欠損型(一対の遺伝子のうち両方欠損)は約10%、約40%がALDH2の活性が低いヘテロ欠損型(片方だけ欠損)です。これをもう少し詳しく説明しましょう。

ALDH2の遺伝子には、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)が活性化している「ALDH2野生型」と、不活性化している「ALDH2変異型」があります。

私たちは両親から遺伝子を1つずつもらいます。2つともALDH2高活性の遺伝子をもらうと、アセトアルデヒドをすぐ酢酸に分解するので、顔も赤くなりません。このタイプをALDH2野生型といいます。

一方、ALDH2変異型の中でも、両方の親からALDH2不活性の遺伝子をもらう「ALDH2ホモ欠損型」は、アセトアルデヒドをほとんど分解できないので、基本お酒は飲めません。いわゆる下戸と呼ばれる人たちです。

その中間が高い活性と低い活性を1つずつもらう「ALDH2ヘテロ欠損型」で、食道がんになるリスクが高いのはこのタイプです。

「ALDH2野生型のALDH2活性率を100%とすると、ヘテロ不活性型の活性率は17%程度でグンと低くなります。野生型の人の食道がん発症リスクを1とした場合、ヘテロ欠損型の発症リスクは、飲酒量が少量の場合で5倍、中等量で56倍、多量ではじつに89倍に跳ね上がることがわかりました。もちろん、ALDH2野生型の人でも多量のお酒を飲めば、少量の人に比べてリスクは10倍に上がります。それでも、ヘテロ欠損型タイプのリスクとは比べものになりません」(図3)

さらに知っておいてほしいのは、〝お酒に弱くても、鍛えれば飲めるようになる〟は危険な誤解ということです。

「ヘテロ欠損型の人が日常的に飲めば、飲めるようになることが多いのですが、アセトアルデヒドが酢酸に分解されるのが早くなるわけではなく、アセトアルデヒドにさらされ続けます。飲み続ければ食道がんになる確率は上がります」

WHOは「アルコール飲料は少量飲んだだけでも有害で、健康によい安全な量はない」と警鐘を鳴らしています。

「残念ながら、やはりALDH2変異型の人が食道がんを予防しようと思ったら、飲まないことです。私たちの研究でも、ALDH2変異型は飲酒量が100g以下で前がん病変発生率が64%、100g以上で78%という結果が出ています。飲酒量が少なくても前がん病変の発生率は決して低くありません」

飲酒をやめれば、食道がんのリスクは下がりますか?

「私たちは2005年から食道がんのコホート研究を行ってきました。その結果を見ても、飲酒をやめれば食道がんなどのリスクは間違いなく下がると言えます」

食道の正常上皮は扁平上皮がんになる前に、まず異型上皮(異形成)になります。食道粘膜にヨードを散布すると、異型上皮はヨードに染まらない小さな円形の不染帯として視認できます(図4)。

「私たちはこの不染帯を3段階に分類し、グレードA(異型上皮なし)、グレードB(異型上皮が内視鏡の1画面中に10個未満)、グレードC (10個以上)としました。そして、内視鏡治療で食道を残せたグレードA~Cの患者さんを約10年間にわたり経過観察を行いました。それと2つの問診票を併用しました。1つはアルコール依存症の治療で有名な久里浜医療センターが中心となり作成した「食道がん問診票」です。もうひとつはWHOが推奨している飲酒習慣スクリーニングテストの「AUDIT質問票」です。これは飲酒習慣とアルコール依存症の関連を調べる質問票ですが、この点数が高いと頭頸部がんが発生する可能性が高いことが明らかになっています」(図5)

「さらに、口腔粘膜のメラノーシス(黒色の煤け)や平均赤血球容積も調査しています。主にタバコにより起こる口腔粘膜のメラノーシスは口腔・咽頭がんや食道がんのリスク因子として知られています。また、赤血球がアセトアルデヒドにさらされると容積が大きくなり、食道がんが発症する傾向があることも以前からよく知られていました。平均赤血球容積は通常の血液検査にも入っている項目なので、簡単に確認できます」

こうしたコホート研究から、一度食道がんを内視鏡で治療したグレードCの人でも、禁酒をすると食道がんの発生率が下がる。その一方、グレードAからでもがんが少数ながら出ることも明らかになりました。また、禁煙と節酒によってグレードCからBに改善し、がんの発生が抑制されることも明らかになっています。

「一度食道がんになって完治した人ほど、お酒はやめるべきだということがいえると思います」

そのほか、「グレードCの内視鏡治療例では5年で約半数にがんが発生し、TP53がん抑制遺伝子が変異している頻度が高いこと。食道がん問診票の点数が高いと食道がんが発生しやすく、AUDITの点数が高いと頭頸部がんが発生する傾向がある。平均赤血球容積が106以上あると食道がんが発生する傾向がある。口腔粘膜のメラノーシスは口腔・咽頭がん、食道がん発生のリスク因子である」といったことが研究から明らかになっています。

コホート研究:共通の性質を持つ集団を長期間追跡し、病気の発生や健康状態の変化を調べる研究

食道がん問診票:「お酒で赤くなる体質を用いた食道がん高危険群のスクリーニングテスト」

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