刮目!舌や顎を失わずに、がんは治療できる 切る前に再考を!進行口腔がんの超選択的動注化学放射線療法

監修:藤内祝 横浜市立大学大学院医学研究科顎顔面口腔機能制御学教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2009年8月
更新:2013年4月

独自の方法でカテーテルを留置

まず、カテーテルは耳の前を走る浅側頭動脈から挿入します。つまり、足とは反対側から入れるのです。これならば、内頸動脈に血液の固まりが流れる心配は少なくなります。さらに、J型に湾曲したカテーテルを開発。これを、浅側頭動脈から入れて、舌動脈など支配動脈に引っかけるようにして目的の部位にカテーテルを留置できるようにしたのです。

[カテーテルを挿入する方法]
図:カテーテルを挿入する方法

出典:「癌と化学療法」第32巻第13号改変

これによって、安全性と確実性が高まったことはもちろんですが「患者さんにとっても、楽になりました。足からカテーテルを入れた場合、患者さんはベッドの上で身動きできずにその日を過ごすのですが、浅側頭動脈経由ならば自由に動くことができます。カテーテルも留置しておけるので、毎日放射線治療に合わせて抗がん剤を注入することができます」と藤内さん。

抗がん剤と放射線治療は同時に行うほうが効果が高いことが報告されています。浅側頭動脈経由でカテーテルを留置しておけば、放射線治療に合わせて抗がん剤を注入することができますが、足からカテーテルを入れた場合は、抗がん剤を注入する時に毎回カテーテルを入れなおす必要があったのです。これは、医療者にとっても患者にとっても大変な負担です。

実際には、局所麻酔で耳の前を3~4センチ切開して浅側頭動脈にカテーテルを留置。青い色素や造影剤を使ったCT(コンピュータ断層撮影)検査などを行って、確実にカテーテルが支配動脈に留置されているか、がんの病巣をカバーしているか、確認して治療を開始します。

[カテーテルの腫瘍栄養動脈への挿入確認(舌動脈の場合)]

カテーテルの腫瘍栄養動脈への挿入確認

1:左側浅側頭動脈より舌動脈にカテーテルを挿入し、染色剤を注入。左舌動脈領域が濃く染まっている
2:カテーテル挿入後のフローチェック
  左の���動脈にカテーテルが挿入され、舌動脈が造影されている
3:フローCTで左舌部のみが造影されている


出典:「医学のあゆみ」,217:1198-1199, 2006

では、治療効果はどうなのでしょうか。

抗がん剤はタキソテール(一般名ドセタキセル、体表面積あたり60ミリグラム)とシスプラチン(体表面積あたり100ミリグラム)を注入します。放射線は、1日2グレイずつ計40~60グレイ照射します。 「だいたい1カ月半ほど入院して治療を受けることになります。その間、院外には出られませんが、患者さんは自由に病院内を歩くことができる」そうです。

[超選択的動注化学放射線療法のスケジュール]
図:超選択的動注化学放射線療法のスケジュール

出典:「頭頸部癌」32:93-97,2006改変

進行がんの約9割でがんが消滅

藤内さんらが、この方法で超選択的動注化学放射線療法を開始したのは、1998年頃のことです。最初の5年間は、超選択的動注化学放射線療法を行ったのちに、通常の手術を行い、切りとったがんの病理検査を行って、がん細胞の有無を確認していました。

いずれも3期、4期の進行した口腔がんの患者さんです。最初の患者さんは、65歳の男性。すでに舌がんは大きく広がり、食事もとれない状況でした。そこで、動注療法と放射線治療を実施し、その後通常の手術を行いました。舌は全摘、下顎の骨も切除し、首のリンパ節郭清(がん周囲のリンパ節を取り除くこと)と皮膚も一部切除するという大がかりなものでした。これが、進行した口腔がんの一般的な手術なのです。

しかし、この人の場合、すでに摘出した部位にがん細胞は残っていませんでした。全てがん細胞は、動注化学放射線療法で消滅していたのです。

結局、5年間で46人の患者さんに超選択的動注化学放射線療法を実施、その後手術を行った結果、89.1パーセントでがんが消えていました。5年生存率も約80パーセントという高い数字が出たのです。

「3期、4期は、5年生存率が50~60パーセントが一般的でしょう」と藤内さん。従来の治療をはるかに超える成績だったのです。

この結果をもとに、原発巣(1番最初にがんになった場所)を温存する、つまり切らずに治す治療が開始されたのです。

ただし、首のリンパ節転移がある場合には、「リンパ節だけは切除手術を勧めている」といいます。首のリンパ節はどの血管で栄養されているかわからないので、動注療法の効果が不確かだからです。もっとも、首でも上部のリンパ節は顔面動脈で支配されていることが多いので、動注療法で原発巣と一緒に縮小してしまうこともあるといいます。この場合は、手術をしなくてもすむそうです。

最大の副作用は口内炎

副作用としては、唾液腺の機能の低下からくる口腔内の乾燥などがありますが、最大の副作用は口内炎です。治療開始から1~2週間たつと、口の中が荒れて普通食を食べるのが難しくなり、流動食から経鼻栄養、IVH(中心静脈栄養)となったり、人によっては胃に穴を開けて栄養物を注入することもあります。しかし、藤内さんによると「副作用のために治療を完遂できない人は少ないです。後年、最初は辛い治療だと思ったけど、今は本当に感謝しています、と言ってくださる患者さんが多い」といいます。口内炎がおさまるには、治療後半年ぐらいかかるそうです。


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