難しい食道発声はもういらない。訓練なしで、自然に声が出せる 失われた声を回復する簡単「気管食道シャント法」
費用と日々のケアが難点
では、問題点はないのでしょうか。福島さんがあげるのは、費用とケアの問題です。プロヴォックスを装着する手術には、保険が適応されますが、3割負担でも13万円ほど。平均寿命は3カ月ほどなので、3カ月に1度はプロヴォックスを取り替えなければなりません。取り替えそのものは外来で簡単にできますが、この費用も3割負担で1万2000円ほどです。そのために、通院が必要なのもデメリットです。
また、プロヴォックスに汚れが付着するのを防ぐために、毎日ブラシで掃除をします。もっともこのブラッシングは、歯磨きより簡単でそう大変なことではないと、患者さんは話していました。永久気管孔につけたカセットやシールも交換する必要があります。こうしたケア用品はすべて自己負担。だいたい月に1万円ぐらい必要になるそうです。
福島さんは、「気管食道シャント法が普及して利用者が増えれば、費用も安くなり患者さんの負担も軽くなるのではないか」と期待しています。
付けた翌日から楽に会話できた
では、実際にプロヴォックスを装着した患者さんは、どう感じているのでしょうか。
土田義男さん(70歳)は、5年前下咽頭がんで声帯を失うと、すぐに食道発声の訓練を始めました。最初は順調に上達し、3年後には患者会内部の大会でも優秀な成績をおさめるようになりました。しかし、「外では紙と鉛筆を渡されて、書いてと言われることが多く、内部では表彰されても世間では通用しなかったのです」と語っています。そのため、電気式人工喉頭も平行して使っていたそうです。
そんなころ、患者会の海外研修旅行で、ロンドンの喉頭全摘患者と交流する機会がありました。出席した海外の患者は、ほとんどがシャント法で発声していました。そこで、初めてシャント法の存在を知ったのです。帰国後手を尽くして調べ、やっとたどりついたのが福島さんでした。「プロヴォックスを付けたらその翌日から楽に会話ができるようになり、本当に嬉しかった。ケンカだってできるんだから」と土田さんは笑います。1度は諦めていただけに喜びもひとしおでした。
2年たった今では、電気式人工喉頭を持つこともなく、どこにでも出掛けます。最近も北海道旅行に行ってきたそうです。それだけ会話に苦労しなくなったのです。
プロヴォックスを装着して生き方が変わった
一方、赤木家康さん(49歳)は整形外科医です。下咽頭がんの手術のために入院していた癌研有明病院で、たまたまプロヴォックス留置のために入院していた土田さんと知り合いました。「食道発声も電気式人工喉頭も見ましたが、私の場合は待っていてくれる患者さんのためにとにかく早く仕事に復帰したかったのです」といいます。
そのためには、話ができて手術もできないとダメです。電気式人工喉頭を手に持っていたのでは、仕事になりません。食道発声も訓練に時間がかかるうえ、声の大きさにも質にも違和感を感じました。そこで、これならば治療にも手術にも支障がないと選んだのが、気管食道シャント法だったのです。赤木さんは、プロヴォックスを留置してからわずか3カ月で職場復帰し、手術もこなしています。フリーハンドといって、手で押す必要のないカセットボタンにも挑んでいるそうです。
「病気をしたおかげで、生き方が変わりました。前は忙しくて機械的に治療をしていましたが、今は医療というのは治ったという感動を与える仕事だと思っています。同じ仕事をしても前とは充実感が違うのです」と赤木さんが言えるのも、会話が成立しているからこそでしょう。
福島さんが、シャント法を勧めるのも、すぐに社会復帰がしたい人や若い人、仕事上話すことが必要な人などです。
「食道発声は道具がいらず経費もかからないのが利点。食道発声でうまく発声できる人はそれでいいと思うのです」
存在さえ知らされていない患者
では、聞く側からみてどうなのでしょうか。実は、私は喉頭摘出のことを知らずに整形外科の取材で赤木さんに会い、その声に驚いたのです。仕事柄、これまで食道発声の患者さんにも何回かお目にかかっていますが、赤木さんほど自然に声が出て、スムーズに会話ができる人は見たことがなかったのです。カゼで声が荒れている程度の感じで、ほとんど声は気になりませんでした。
もちろん、以前と同じ声ではないはずですし、かすれはあります。個人差もあるので、みんなが赤木さんや土田さんほど明瞭に話せるわけでもないようです。しかし、これまでの息を飲み込みながら言葉をつないでいく食道発声に比べると、格段に自然です。話すことが大変そうではないので、こちらも遠慮することなく、自然に会話を続けられるのです。
ところが、これほど世界で普及しているのに、日本ではまだ限られた病院でしか気管食道シャント法は行われていないのです。それどころか、その存在さえ知らされていない患者がまだ多いのが実情です。土田さんのように海外などでプロヴォックスの存在を知り、やっと癌研有明病院にたどりついたという人も多いのです。
「調子よく声が出るようになったので、食道発声の仲間にも教えたのです。彼らが担当医に相談したら、医師はみんなシャント法について知っていたそうです。でも、患者には知らされていなかった。なぜ、手術に直面し、声を失うことで悩んでいるときに、音声再建の手法の1つとしてシャント法があることを紹介してくれなかったのか。結果としてどうするかはともかく、情報だけはきちんと提供して欲しいのです」
と、土田さんは訴えています。
その背景には、日本では食道発声の訓練システムが充実していることや初期のヴォイスプロテーゼに漏れが多かったこと、またヴォイスプロテーゼの交換やケアなど、医師側の仕事も増えることなども指摘されています。しかし、新世代のプロヴォックスが開発されてすでに10年。
シャント法の存在を知らなかったために、声を失うのが嫌で喉頭全摘手術を避けた人もいるのではないか。最善の治療法を諦めた人もいるのではないか、と心配されるのです。また、がんの治癒とプロヴォックスの装着は別の問題です。転移があっても装着はできるそうです。とすれば、残された時間が限られているからこそ、声の回復は切実な問題であるはずです。福島さんによると、最近急速に日本でも気管食道シャント法が広まりつつあるといいます。こうした選択肢があることを、患者本人が知らされないということはあってはならないはずです。
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