声を残す喉頭亜全摘手術 声が残せて入浴も自由、QOLを保つ画期的な治療法
1カ月半でレストランで会食ができるまでに

70歳の村松新一さんが声門の下部に少し浸潤した病期2期の声門がんと診断され、放射線治療を受けたのは11年前の1993年だ。
「声を失わずにすんだ」と笑顔で地元の総合病院を退院したものの、治療後4年目(1997年)に再発を告げられた。
村松さんにとってショックだったのは、「今回は喉頭を全摘しなければならないので声も失われます」と主治医から言われたことだ。
村松さんは声が残せる喉頭部分切除術を受けられる病院を訪ねて受診した。しかし、声帯の両方に再発巣が広がっていたことから、喉頭部分切除術を受けることはできないと告げられた。気の毒に思った医師から中山医師を紹介され、喉頭亜全摘術を受けることになったのである。
「村松さんのように腫瘍が声帯やその周囲にとどまっている再発がんや進行がんは、喉頭亜全摘術によって声を残しながら治すことができます」(中山さん)
村松さんに喉頭亜全摘術は行われ、成功した。飲食物を飲みくだす嚥下訓練も約1カ月半で終了し、その後はレストランで知人と会食できるまでに回復した。
大変喜ばれているのは温泉に安心してつかれることだ。喉頭全摘術はのどに穴(永久気管孔)を開けるので、その穴からお湯が入ると肺が水浸しとなって溺れてしまうが、喉頭亜全摘術はこれまでと同じように鼻と口から息ができるから、そんな心配はなくなる。今年で手術後7年目を迎えるが、再再発の兆候はまだない。もちろん自分の声で、以前と変わらない生活を送っている。
喉頭亜全摘術が受けられるのは、村松さんのように放射線治療後に再発した声門がんで、がんが声帯やその周囲にとどまっているものだ。最近は腫瘍が声帯を開閉する骨(D)へ浸潤している場合でも、片方1箇所のみに限定されていれば喉頭亜全摘術で治せるようになった。
ほかには放射線治療が効きにくい病期の2期や3期、さらに声帯から喉頭をC字状に囲む骨(B)へがんが浸潤しているものの、その浸潤の程度が限られている4期の声門がんだ。
全摘を受ける約4割が亜全摘の対象に

喉頭亜全摘術は1959年にフランスのE・H・メジャー医師によって考案され、その後、改良が積み重ねられ、より洗練された手術として確立されてきた。
「これまでヨーロッパで2000人以上、アメリカで500人以上の喉頭がんの患者が喉頭亜全摘術を受け、喉頭機能の温存がはかられています」(中山さん)
日本の喉頭亜全摘術は中山さんがパリ国立がん研究センターへ留学し、習得してきたことからスタートした。先の村松さんが第1号の患者で、97年以降、喉頭亜全摘術の経験を積み重ね、ようやく普及の端緒が切り拓かれつつある。
「現在、推定で毎年約3000人が喉頭がんと診断され、その3分の1の約1000人が喉頭全摘を受けています。しかし、喉頭全摘術の対象者の約4割は喉頭亜全摘術が可能と考えられ、患者を厳選しても3割(約300人)が喉頭機能の温存をはかれることになります」(中山さん)
喉頭全摘術はかなり辛い後遺症を残す手術だ。自前の声が出せなくなることはよく知られているが、それだけではない。首に設けた穴(永久気管孔)から呼吸のための空気を出し入れさせるので、さまざまな支障が出てくる。たとえば、気管にゴミが入り痰の量が増える。鼻から空気を吸いこんだり出したりできないので、嗅覚が低下すると同時に鼻もかめない。みそ汁をすすったり、息を吹きかけて冷ますということもできない。トイレで息を止めて息むことができないから便秘になりやすい。
とりわけ危ないのが入浴だ。お湯が永久気管孔に入ると溺れてしまうのは先述した通りだ。
声門がんは治るがんであればこそ、可能な限り患者のQOLを大きく損ねてはならない。がんを治癒させると同時に、声も残せる喉頭亜全摘術の普及が強く望まれている。
北里大学(神奈川県相模原市) 耳鼻咽喉科 中山明仁さん | 電話042-778-8111 |
慶応大学(東京都新宿区) 耳鼻咽喉科 塩谷彰浩さん | 電話03-3353-1211 |
足利赤十字病院(栃木県足利市) 耳鼻咽喉科 佐々木俊一さん | 電話0284-21-0121 |
名古屋市立大学(名古屋市瑞穂区) 耳鼻咽喉科 亀井壯太郎さん | 電話052-851-5511 |
愛知県立がんセンター(名古屋市千種区) 頸頭部外科 長谷川泰久さん | 電話052-762-6111 |
名古屋大学(名古屋市昭和区) 耳鼻咽喉科 藤本保志さん | 電話052-741-2111 |
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