腫瘍縮小効果を狙うならVEGF阻害剤、がんの増殖を長期に抑えるならmTOR阻害剤 続々登場する腎がんの分子標的薬は、こうやって使い分ける

監修:大家基嗣 慶應義塾大学医学部泌尿器科学教室教授
取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2011年1月
更新:2013年4月

新たに承認されたmTOR阻害剤

一方、アフィニトールとトーリセルは、mTOR阻害剤という種類の分子標的薬。mTORとは、細胞内にある特殊なたんぱく質で、細胞の増殖や血管の新生を促す信号がVEGF受容体などから細胞内に入ってきたとき、それを正しく伝達する情報の司令塔のような役割を担っている。がん細胞では、mTORの働きが過剰となっているため、がんが際限なく成長していく。mTOR阻害剤は、過剰なmTORの働きにブレーキをかけて、がんの増殖を抑える薬だ。

アフィニトールについては、ネクサバールやスーテントが無効となった転移性腎がんを対象に国際共同臨床試験が行われた。無増悪生存期間中央値は、プラセボ投与群の1.87カ月に対して、アフィニトール投与群は4.90カ月だった。トーリセルについては、予後不良の転移性腎がん(化学療法なし)に対する第3相臨床試験で、インターフェロン投与群の全生存期間中央値が7.3カ月だったのに対し、トーリセル投与群は10.9カ月という結果だった。

「mTOR阻害剤にも口内炎、間質性肺炎()といった副作用はあります。さらに、免疫抑制作用があるので感染症対策も必要です。しかし、副作用は軽度の場合が多く、十分な対策をしていれば、あまり神経質にならなくてもいいでしょう」

間質性肺炎=肺胞や肺胞壁(間質)に起こる肺炎で、致命的なこともある。副腎皮質ホルモン剤(ステロイド)で治療する

[腎がんに対するエベロリムスの効果]
図:腎がんに対するエベロリムスの効果

Motzer,R.J.et al.:Lancet372(9637),449,2008

[腎がんに対するテムシロリムスの効果]
図:腎がんに対するテムシロリムスの効果

Hudes G.etal.:NEngl JMed.356:2271-2281,2007

患者さんの状態に応じて分子標的薬を使い分ける

同じmTOR阻害剤でも、アフィニトールとトーリセルに違いはあるのだろうか。

「化学構造式は若干違うとはいえ、ほとんど同じ成分といっていいでしょう。大きな相違点といえば、アフィニトールが経口薬、トーリセルが注射薬という点くらいでしょうか。ただし、トーリセルは淡明細胞がんだけでなく、乳頭がんにも有効といわれ、米国ではスーテントが無効になったら、トーリセルを使うのが主流のようです」

アフィニトールは2次治療、トーリセルは1次治療という適応の違いもある。しかし、これは臨床試験のデザインの違いによって承認内容が変わったためで、薬の特徴による使い分けではないと大家さんは言う。

VEGF阻害剤とmTOR阻害剤では、効果の違い、優劣の差はあるのだろうか。

現在、VEGF阻害剤の次にmTOR阻害剤を使う場合と、mTOR阻害剤の次にVEGF阻害剤を使う場合では、どちらの効果が高いかを比較する臨床試験が行われている。しかし、結果はまだ出ていない。

「VEGF阻害剤は血管新生のみを妨げます。一方、mTOR阻害剤は、情報伝達経路としてはVEGF受容体より先の情報センターをブロックするため、がんの血管新生ばかりでなく、がん細胞の増殖や転移も抑えるといった幅広い効果があります。ところが、mTOR阻害剤のそれぞれの効果はあまり強くありません。腫瘍縮小効果に限れば、VEGF阻害剤のほうが強いと言えるでしょう。私は、患者さんの状況に応じて、その時々に適した薬を選ぶことが肝心と考えています」

大家さんは、転移巣が多い、全身状態が悪いといった早く改善を図りたい症例では、患者さんが若い場合、スーテントを積極的に投与する。患者さんが高齢であれば、副作用の軽いネクサバールを選ぶという。アフィニトールやトーリセルは、全身状態が比較的安定している症例で、がんの増殖を長期間抑えたいケースに使うそうだ。

開発中の分子標的薬もまだ目白押し

開発中の腎がんの分子標的薬も、まだ目白押しだ。

「アキシチニブとパゾパニブ(ともに一般名)というVEGF阻害剤が、第3相臨床試験を終え、13年ごろに承認される見通しです。どちらも抗がん効果が高いうえに、副作用も少ないとして期待されています。また、第1相臨床試験の段階ですが、新型mTOR阻害剤も注目されています。実は、mTORには1型と2型があるのですが、アフィニトールとトーリセルは1型にしか効きません。ところが、新型は1型と2型の両方に効くため、抗がん効果も高いと考えられています」

化学療法の選択肢が増えてきた結果、腎がんの治療成績は今後、飛躍的に向上すると大家さんは予測する。

「分子標的薬には数年使うと、がん細胞に耐性ができ、がんが急激に進行するというアキレス腱があります。その原因はまだはっきりわかっていません。しかし、1つの薬が効かなくなっても、次の薬、また次の薬と代わりがわりに使っていけば、予後は大幅に延ばせるわけです。これは大きな進歩と言えるでしょう」

分子標的薬の前に影が薄くなったインターフェロンだが、大家さんはその価値を忘れないでほしいと主張する。

「インターフェロンは分子標的薬と違って長期間使えます。それに、分子標的薬では完全寛解(がんが肉眼的に消えること)を期待できませんが、インターフェロンではわずかとはいえ、完全寛解する患者さんもいます。腎がんの化学療法のラインナップとして、重要であることには変わりがありません」

大家さんは、明るい表情でこう説明してくれた。


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