高齢者の増加に伴い、より重要性高まる。将来はロボット手術も ここまで進んだ 泌尿器がんの腹腔鏡手術
出血が少ない前立腺がんの腹腔鏡手術

一方、東海大学で1番多いのが、前立腺がんの腹腔鏡手術です。前立腺がんの95パーセント以上が腹腔鏡手術です。
寺地さんによると「開腹手術になるのは、傷があるなど特別な人だけです。去年は、2例ぐらいでしたね」。
一般的には、前立腺がんの場合、腹腔鏡手術は10パーセントほど。つまり、まだ開腹手術がほとんどです。外科手術が進歩して小さな傷ですむようになったことも一因ではあるようです。しかし、何といっても腹腔鏡のメリットは、出血量が少ないことです。
前立腺は、体の奥深くにあり、静脈血管が集まっている静脈叢も近いため、出血量がかなり多くなることがあります。
「開腹手術の場合、少なければ200cc程度ですが、多いと2000ccぐらい出血します。平均すると、800ccぐらい出血します」と寺地さん。
そこで出血に備えて、手術前に自分の血液を採取して自己血保存を行うのが一般的です。そのために「2回通院が必要なので、手間もコストもかかる」ことになります。
しかし、それだけではないのです。自己血は、自分の血液なので輸血しても安心なのがメリットですが、「輸血が必要になった人は、やはりそれだけ出血のダメージがあるのです」と寺地さん。結局、自己血を採取するために血液を失い、さらに手術でも出血しているわけなので、造血剤で血液を増やしてはいても、体にはそれなりにダメージがあるのです。
そのようなことも含めて「同じ部屋に開腹手術を受けた人と腹腔鏡手術を受けた人がいると、回復の仕方が全く違うのです。腹腔鏡手術の人は、多少痛みはあっても翌日には歩いていますが、開腹の人は歩けるまでに3日ほどかかりますね」。
入院期間も開腹だと2週間ほどかかりますが、腹腔鏡ならば8日間ほどです。
内視鏡ロボット登場でさらに手術時間短縮へ
手術としては、前立腺を切除すると、膀胱と尿道をつなぐ必要があります。開腹ではこれが難しいのですが、腹腔���では細かい部位もカメラを近づけて拡大して見ながら縫合を行うことができるので、より正確に行えます。
結果として、尿を排泄するための尿道カテーテルの留置も、開腹手術では1週間ぐらい必要ですが、腹腔鏡であれば3日前後と短時間ですむのです。
ただ、不思議なことに尿失禁の回復は、腹腔鏡のほうが少し遅れる傾向があるそうです。
「術後1カ月でみると、開腹手術のほうが患者さんのQOL(生活の質)がいいのです。3カ月たつと同じになります」と寺地さん。これは、原因がよくわかっていないそうです。
「腹腔鏡のほうが、回復も早いし、その分、社会復帰も早い。コストも少なくてすむので、早く広まってほしいですね」と寺地さんは語っています。
今、内視鏡ロボットが登場し、前立腺がんの手術を中心に行われていますが、これについて寺地さんは「内視鏡ロボットが認可され、この3月から6施設に導入されています。新しい内視鏡ロボットは術者が使える腕(アーム)が3本もあり、慣れればロボットのほうが腹腔鏡手術を楽に行えます。手術時間もより短縮されるでしょう」と見ています。
これからは、内視鏡ロボットによる前立腺がんの腹腔鏡手術がより広まっていくと見られているのです。
腹腔鏡手術が難しい膀胱がん
ところで、泌尿器科領域では腎がん、前立腺がん、副腎腫瘍などに、腹腔鏡が使われていますが、中心的ながんの1つである膀胱がんでは腹腔鏡手術は極めて稀です。
寺地さんによると「膀胱がんは、腹腔鏡手術が保険で認可されていないということもありますが、尿路変向が難しいからなのです。膀胱の切除だけならば、メリットは非常に大きいのですが……」。
膀胱がんの場合、膀胱を切除すると、代わりに回腸などを切って開き、代用膀胱を作って尿道に縫い付けなくてはなりません。この作業が、腹腔鏡では難しいのです。そのため、世界的にも腹腔鏡手術はあまり進んでいないそうです。
より負担軽減へ高齢者への需要高まる

このように、泌尿器科の領域でも、腹腔鏡手術は開腹手術と治療成績に遜色がなく、かつ患者への負担が少ない手術として、標準治療の1つになっています。
寺地さんは、高齢者の増加に伴い「腎摘出術や部分切除、副腎の摘出などの腹腔鏡手術はもっと増えるはず」と語っています。
腎臓の部分切除の対象になるような早期がんでは今、凍結療法やラジオ波焼灼療法でも治療が行えるようになっています。
凍結療法は、マイナス185度ぐらいの超低温に急速冷凍して、がん細胞を凍結、破壊する方法です。ラジオ波焼灼療法は、肝臓がんなどですでに行われていますが、ラジオ波によってがん細胞に熱を発生させ、壊死させる方法です。いずれも、体を切らずにすむのが長所です。
寺地さんによると、「再発が少ないのはやはり、部分切除、凍結療法、ラジオ波の順。腎がんは血管が近いので、凍結やラジオ波で完治させるのはなかなか難しい」といいます。
元気で手術ができる人ならば腹腔鏡による部分切除、高齢で手術が難しい人は、とりあえず手術以外の方法でコントロールするといった、使い分けが行われるのではないかと、寺地さんは見ています。
今後の課題
術中の腎機能の維持
一方、寺地さんが腹腔鏡手術の課題としてあげるのが、腎臓の部分切除の際の冷却法です。部分切除の場合、腎動脈など、腎臓に栄養を運ぶ血管をいったん束ねて血流を止めた上で手術を行います。
しかし、問題はその時間です。血流を止める時間が長くなると、腎臓の働きが低下し、いったん低下した腎機能は2度と回復することがないのです。
「血流を止めるのは、30~40分が限界です。腎機能がいい人は問題ないのですが、高血圧や糖尿病で腎機能が落ちている人は、長時間血流を止めると、確実に腎機能が落ちてしまうのです」
解決策は2つ。1つは短時間で部分切除を終えること。寺地さんのように20~30分で手術ができる人ならば問題はありませんが、全ての術者が同じようにできるわけではありません。部位的に手術に時間がかかることもあります。
すると、残る方法は腎臓の周囲を冷やすことです。こうすると、血流停止による腎機能の低下が防げるのだそうです。今は、氷で冷やしたり、冷たい水を吹き掛ける、腎臓にいく血管にカテーテルを入れて冷やす、といった方法が工夫されていますが、まだ不十分。この点を改良していくのが、今後の課題です。
一方、患者の側からみると、腹腔鏡手術は術者の技術力の差が気になるところです。上手な医師を見つけるにはどうすればいいのでしょうか。
「ネットで検索すれば、泌尿器腹腔鏡技術認定制度で認定取得者の資格を持つ医師がわかるはずです」と寺地さん。
実は、この春から寺地さんは、この泌尿器科学会が行う認定制度の委員長もつとめています。
「日本の泌尿器科の腹腔鏡技術認定制度は、腎臓か副腎の基礎的な手術ができて、認定施設で研鑽を積むなどかなり厳しい基準があるので、資格を持つ人ならば安心していいと思います。日本は腹腔鏡手術のレベルが全体として高く、各国から研修に来ています」
それと同時に、患者の側も「セカンドオピニオンもいいですが、相手の医師を信じることが大事。そのためには、信じるに足る人なのかどうか、人を見分ける力をつけることも大切だと思います」と寺地さんはアドバイスしています。
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