分子標的薬が初めて認可され、腎がん治療は大きな変革期に 「腎癌診療ガイドライン」をわかりやすく読み解く
血液検査で予後の予測も可能に
腎がんは、がんとしてはかなり個性的ながんで、原発巣である腎臓を摘出すると、肺などの転移巣が自然に消えてしまうこともあります。
最近では、人間ドックや胆石などの検査で偶然発見される腎がんが増え、7割を超えています。したがって「血尿、腹部のシコリ、脇腹の痛みが腎がんの3大症状と言われますが、これはかなり進んだ状態です。こうした症状がある人もいますが、無症状でT1a(がんが腎臓の皮膜を越えず、直径4センチ以下)の人が圧倒的に多くなっています」と、藤岡さん。
早期発見には、まず超音波検査で異常の有無を見て、CT検査(コンピュータ断層撮影法)でがんの確定診断を行うというのが、標準的な検査です。ここで、がんと判明すると、腎がんの場合、予後の推測がある程度可能なのも大きな特徴です。「もちろん、がんのタイプ(組織型)などは組織をとって検査をしないとわかりませんが、患者の状態で進行が早いとか遅いなど、ある程度予後がわかる」というのです。
なぜなのか、その詳細はわかりませんが、炎症に関わる因子が予後の予測因子になるのです。具体的には、赤沈(赤血球沈降速度)やCRP(C反応性タンパク)などの因子です。血液検査でこれらの因子の値が高いと、あまりよくない兆候です。基本的に腎がんはゆっくり大きくなるがんですが、「患者さんが発熱していて、これらの炎症因子の値が高い場合、同じように手術をしても進行が早く、予後が不良なことがわかっています」と藤岡さんは話しています。
腹腔鏡手術は、全摘が基本
また、腎がんはいろいろな治療が可能ながんでもあります。
1期、2期の腎がんでは、腹腔鏡による手術も開腹手術と同じように標準治療の1つになっています。また、1期でも4センチ以下(T1a)であれば、がんの病巣を部分的に切除して腎機能を温存することもできます。
「腹腔鏡手術は、開腹手術と比べて体の負担が少ないのが大きなメリットです。手術時間は長くなりますが、出血も少ないし、回復も早い。と言っても、小さな穴(切開部)から摘出した腎臓を体外へ引き出すので���あまり大きくなると腹腔鏡で摘出する意味がなくなってしまいます。また、リンパ節郭清の必要が出てくると腹腔鏡では必ずしも簡単ではないので、それが限界になっているのです」と藤岡さんは説明しています。基本的には、リンパ節転移がない2期までの腎がんが、腹腔鏡手術の対象となっています。
実際には、人間ドックなどで発見される早期の腎がんが増えているので、「メリットが大きい腹腔鏡による手術が非常に増えている」そうです。また、腹腔鏡手術にもいくつもの方法があります。腹膜を切って腎臓に達する経腹膜的アプローチが1番多く行われていますが、腹膜を切らないで腹膜の後ろ側から腎臓に達する方法もあります。また、腹壁に小切開を入れてここから手を入れて腹腔鏡で見ながら腎臓周囲を剥離操作したりする方法もあります。一般的には、腹腔鏡で手術を行う際には、ガスで腹腔内をふくらませて、視野をよくしたり、器具の操作をしやすくするのですが、ガスを入れずにつり上げて行う方法などもあります。
「たとえば、経腹膜的なアプローチでは半側臥位(体を30度横向きに寝た体位)で腹壁に数カ所の腹腔鏡や器具を挿入する穴を開けるのですが、後腹膜からアプローチする場合はその少し後ろに穴をあけます。視野はあまり良くないし、手術の際の目印も少ないのですが、腹内操作を省略した分、体への負担が少なく、癒着がある場合はこのほうがいいこともあるのです。どの方法を選択するかは、それぞれの利点もありますが、術者の好みも大きい」そうです。
ただし、腹腔鏡の場合は腎臓の全摘、つまり「腎摘除術」が基本です。藤岡さんによると「腹腔鏡手術では、縫って縛るのが難しい」と言います。そのため、腹腔鏡で部分切除を行う場合は「腎臓の下のほうなど部分切除しやすい部位にがんがある場合」だと言います。また、腹腔鏡手術は術者の技術に個人差が大きく、不慣れな人と経験を積んだ人では大きな差があります。したがって、「どちらに照準を合わせるかが問題ですが、基本的には腹腔鏡で手術を行う場合は腎摘除術を勧めています」と藤岡さん。
では、腎臓の温存か腹腔鏡手術か、その選択をどう考えればいいのでしょうか。
今回のガイドラインでは、腹腔鏡手術は2期まで、腎臓の部分切除による温存手術は1期で4センチ以下とされています。となると、1期で4センチ以下の人は、腹腔鏡手術で全摘をするか、開腹手術で腎臓を温存するか、2つの選択肢があることになります。
「これは、それぞれのフィロソフィ(哲学)の問題になると思いますが、私自身は、高齢者は体への侵襲が少ない腹腔鏡手術で全摘、若い人で小さいけれど確実にがんである場合には、開腹手術で部分切除という考え方をしています」と藤岡さんは話しています。
腎臓が1つなくなることで糖尿病の危険性も
腎臓は2つあるので、1つとっても機能的には問題ないとされていました。しかし、藤岡さんによると「急に腎臓にかかる負荷が変わるので、急激に機能が落ちることもある」と言います。そして、問題なのが糖尿病です。糖尿病は、今や日本でも国民病の1つ。糖尿病で命を失う場合、糖尿病性腎症を合併して腎機能の低下が原因になることが多いのです。さらに、腎がんは肥満がリスク因子の1つとされています。肥満は糖尿病の重大なリスクでもあるので、腎がんの人にはその予備軍や糖尿病の人が多いのです。
そうであれば、「できるだけ腎臓を温存することを考えて治療をするべき」と藤岡さんは語っています。
状況により手術の適応も異なる
腎がんの手術に対する考え方は、「ここ数年それほど大きくは変わっていませんが、全体的に摘出部分をなるべく少なくする傾向にあると言えます」と藤岡さんは話しています。
以前は、副腎も腎臓と一緒に摘出するのが普通でしたが、腹腔鏡手術が登場して周囲の臓器に浸潤していなければ副腎を温存しても手術成績は変わらないこと、また部分切除でもがんに対する制がん性は、全摘手術と変わらないことがわかってきました。
その一方で、腎がんはかなり進行しても制御可能なケースが少なからずあります。たとえば、腎がんは静脈に侵入しやすく、そこから下大静脈に進展して腫瘍血栓(がんのかたまり)を作ることがあります。その場合でも、「たとえ、心臓までがんが進展していても、腫瘍血栓を摘除したほうが治療成績はよい」と言います。腫瘍血栓の手術は肺梗塞など命に関わる合併症を起こす危険もあります。しかし、摘出しなければ死は免れません。そして、摘除した場合、岩手医大では5年生存率57.9パーセント、10年生存率でも40パーセント以上と非常に高い治療成績が出ているのです。他のがんではなかなか考えられない数字です。
また、肺など遠隔臓器に転移した進行がんの場合も、「転移巣も切除したほうがよい」と言います。全身状態がよく、転移巣の切除が可能な場合は、切除したほうが生存期間が長いのです。
このように、腎がんの治療は手術中心ですが、手術の中でも積極的に摘出すべきものとそうではないものの両極端があり、「それぞれの適応が見えてきた段階」と藤岡さん。
「腎がんは、医師にとってはいろいろな治療ができるがんです。だからこそ、治療の標準化が必要なのです。やりすぎるのも困りますが、やらなすぎても困りますから」
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