進行別 がん標準治療 治療の基本は手術。しかし、患者により負担の少ない治療法が最近の流れ
温存手術は開腹、根治手術は腹腔鏡で

腹腔鏡でおなかを開けて手術中
[腹腔鏡の手術痕]
腹腔鏡はおなかに小さな穴を
開けるだけなので傷が小さく、治りが早い
どちらの手術をするにせよ、もう一つ問題があります。それは手術方法です。従来通り開腹手術で行うのか、新しい腹腔鏡を用いた手術で行うのがいいかです。ここから少し複雑になります。おなか(腹壁)に小さな穴を開け、内視鏡や超音波メスなどを挿入して腎臓の手術をするのが腹腔鏡下手術です。
「温存手術は開腹手術で行うのがよく、根治的手術は腹腔鏡下手術で行うのがいいと思います。腹腔鏡下手術は、開腹手術に比べ、手術時間は長くなるが、出血量が少なく、手術後の痛みが軽く、退院、社会復帰までの時間が半減でき、長期間のがんの非再発率や患者生存率などの手術成績もよいのが特長です。しかし、温存手術をするにはまだ技術的に難しく、合併症が多いのが現状です」(篠原さん)
世界で最初に腹腔鏡を用いて腎臓がんの摘出手術をしたのは、名古屋大大学院助教授の小野佳成さんで、1992年です。以来、数多くの症例数を積み重ねてきて、最近はその実績が欧米からも認められつつあるそうです。
もっとも、この1期では、手術ばかりが標準というわけではありません。
「80歳以上の高齢者で小さながんが見つかった場合は、経過観察をするという手もあります。腎臓がんは非常にゆっくり進行するがんです。増殖スピードは年に0.5センチほど。直径1.5センチのがんが4センチになるのに5年かかります。4センチぐらいから転移が出始めるので、そう急いで手術をする必要はないのです。実際にこういう患者さんをぼくは10人ほど診ています」(篠原さん)
その一人を紹介すると、膀胱がん患者で、CT検査をしたところ、小さな腎臓がんも見つかったという人です。「取りますか」と篠原さんが��ねると、「先生、まだ手術したくない」という返事。それで経過観察することになったそうですが、1年にもなるのにがんの大きさは全然変化していないそうです。
「がんというと、明日にも手術をしなければと思う人が多いですが、そんなことはありません。1カ月ぐらい待っても悪くなるわけがなく、セカンドオピニオンを受けるぐらいの時間は十分あるのです」と篠原さんは太鼓判を押します。
手術以外の治療の手としては、もう一つ、動脈塞栓術という治療法が用いられることもあります。肝臓がんなどで行われているのと同じで、カテーテル(細いチューブ)で、特殊なゼラチンスポンジの小片を腎臓へ流入する血管内に注入して、腎臓への血流を遮断し、がんを兵糧攻めにする方法です。高齢者や内科的疾患があって、手術ができない場合に緩和療法として行われます。
2期・3期の標準治療
経験豊富な病院で手術を受けなさい
がんが7センチ以上の大きさで、腎臓だけに限局しているのが、2期です。もう少し詳しくいうと、先ほどの腎臓が覆われている線維性の皮膜を越えて、がんが副腎や周囲の脂肪組織に浸潤しているが、一番外側のゲロータ筋膜までは越えていない場合です。
がんもここまで進むと、治療法は根治的腎摘除術が標準です。それも開腹して行うのが普通で、腹腔鏡による手術は名人に限るのがよいようです。またこの段階で温存手術するのは局所再発のリスクが高く、ほとんど行われないといいます。
しかし、手術ができない場合は、1期と同様、動脈塞栓術が緩和療法として行われます。
がんがさらに進行し、腎臓に通じた静脈や下大静脈の中にまで広がるか、もしくはがんが大きくなくとも、隣接する*リンパ節に転移している場合は、3期に分類されます。
この場合、リンパ節転移がある場合とない場合で治療法が分かれます。
「リンパ節に転移がなく、下大静脈にがんが入り込んでいる場合は、根治的腎摘除術を行い、加えて、下大静脈に広がったがんを摘出する手術を行います。その際、血管壁も一緒にくっつけて取ることもあります」(篠原さん)
ただし、これは非常に難しい手術になります。特に下大静脈を合併して切除する手術は、アメリカ国立がん研究所が発表している治療データベースであるPDQにも、「手術件数の多い、経験豊富な病院で手術を受けなさい」と書いてあるほどです。「腎臓がんの手術が年に5、6件しかなく、このような症例を診たこともないような病院では決して手術を受けないように」と篠原さんも注意を喚起しています。
一方、リンパ節に転移がある場合は、根治的腎摘除術に加えてリンパ節の郭清を行います。腎臓がんでは、リンパ節に転移がなければ、胃がんや乳がんのように、徹底的にリンパ節を郭清するようなことはしないのが普通です。
「腎臓がんの場合、リンパ節に転移する確率は10パーセント以下です。したがって、患者さんに大きな身体的負担を与えるリンパ節郭清は、する意味がないのです」と篠原さんはその理由を説明しています。
*リンパ節=血管に沿って散在する小豆大のリンパ系の構造物。リンパ節ではリンパ管を通ってきた細菌やがん細胞をリンパ球が捉える
凍結療法とラジオ波焼灼療法
最近、患者に負担の少ない腎臓がん治療として注目を集めているのが、凍結療法とラジオ波焼灼療法と呼ばれる新しい治療です。これらは、超音波やCT、MRIをガイドとして体の外から特殊な針を病巣部に刺し、がん自体を凍結したり焼いたりして治療するものです。
凍結療法は、金属製の針の先端内部に、アルゴンなどの高圧ガスを噴出して液化、マイナス185度の超低温に急速冷凍してがん細胞を凍結し破壊します。局所麻酔で、治療時間は30分程度。傷は小さな穴が開くだけで、患者の負担は軽い。入院も1~2日ですみます。慶応大学、東京慈恵医大、北大で臨床試験が行われたが、まだ承認にいたっていません。
ラジオ波焼灼療法は、肝臓がんなどで実施されているのを応用したものです。患者の病巣部に直径約2ミリの針を刺し、ラジオ波と呼ばれる高周波の電流を12分間照射。ラジオ波によって病巣部内のイオンの振動が起こることにより熱を発生させ、患部を60度に加熱しがん細胞を壊死させます。局所麻酔ですみ、治療時間も短い。入院も3~4日程度。
「ラジオ波療法は、焼き方が計算どおりにいかず、焼いても病巣全体を焼き切れず、がんが残る恐れがあります。アメリカではラジオ波療法より凍結療法のほうが若干いいといわれています」と篠原さんは指摘しています。
同じカテゴリーの最新記事
- 肝がんだけでなく肺・腎臓・骨のがんも保険治療できる 体への負担が少なく抗腫瘍効果が高いラジオ波焼灼術
- 分子標的薬と免疫療法薬との併用療法が高い効果 進行腎細胞がんの1次治療に新しい複合免疫療法が登場
- 症例を選択すればTKI単独療法でも十分に対応可能! 転移性腎細胞がん中リスク群での一次治療に対する治療薬選択
- 初期治療から免疫チェックポイント阻害薬選択の時代へ 腎細胞がん治療はここまで来た!
- 腎盂・尿管がんの最新治療 再発・進行がんに免疫チェックポイント阻害薬も標準治療に
- 増えているロボットによる腎がん部分切除 難しい腎がん部分切除を3DとVR技術を使ってより安全に
- 免疫チェックポイント阻害薬で完治の可能性も 腎がん薬物療法の主役は、分子標的薬から免疫チェックポイント阻害薬へ
- 腎細胞がんで免疫チェックポイント阻害薬が承認され、治療選択の武器が増える
- ハイクオリティ・ローコストの先端型ミニマム創内視鏡下無阻血腎部分切除術