国際的な大規模臨床試験で評価高まる 進行肝がんに対する分子標的治療の新しい成果

監修:高山忠利 日本大学医学部消化器外科教授
取材・文:七宮 充
発行:2012年1月
更新:2019年7月

その特徴が明らかに

ネクサバールの効果や安全性を科学的に実証しようという試みも進んでいます。その1つが「GIDEON」と呼ばれる試験で、世界中から3000名以上の肝がん(肝細胞がん)患者さんが登録され(日本からも500名以上が参加)、ネクサバールの日常診療下での安全性や有効性を評価しようというものです。2011年11月に開催された米国肝臓病学会では、そのうち1571名(日本人患者161名)についての中間解析が報告されています。

高山さんによると、今回は、患者背景、治療歴、投与方法などの地域別の比較が発表され、①日本は米国など他地域と比べ、患者さんの年齢が高く、C型肝炎感染例が多いが、肝機能良好で、全身状態のいい患者の割合が高い、②日本では早期診断された患者さんが多く、ステージA(早期)の症例が多い、③肝がんと診断されてからネクサバール投与までの期間は、日本は30カ月(他地域は1~3カ月)で、日本の患者さんは早期診断後、治癒のための治療がきめ細かく施行されている──などが明らかになったといいます(表2)。

[表2 GIDEON試験における患者背景・治療・投与方法の地域別比較]

    全体 米国 欧州 ラテンアメリカ アジア環太平洋 日本
症例数 1571名 313名 588名 59名 450名 161名
投与開始時 年齢中央値 62歳 60歳 67歳 65歳 53歳 69歳
ECOG PS 0/1 40%/43% 28%/42% 46%/39% 25%/63% 30%/51% 73%/26%
B型肝炎 37% 18% 18% 2% 83% 25%
C型肝炎 32% 53% 34% 42% 5% 55%
アルコール 29% 41% 36% 19% 20% 10%
初回診断時 Child Pugh A 58% 41% 59% 47% 63% 77%
Child Pugh B 17% 27% 16% 31% 14% 5%
投与開始時 Child Pugh A 61% 38% 66% 34% 65% 84%
Child Pugh B 23% 32% 22% 47% 20% 12%
初回診断時 BCLC Stage A 20% 17% 22% 29% 12% 42%
BCLC Stage B 18% 11% 24% 29% 14% 17%
BCLC Stage C 33% 28% 33% 20% 42% 22%
投与開始時 BCLC Stage A 7% 12% 9% 20% 2% 3%
BCLC Stage B 19% 12% 24% 36% 10% 30%
BCLC Stage C 54% 39% 53% 31% 68% 57%
●PS:ピーエス/患者さんの一般状態を示す指標で、PS0は普通生活可、PS1は軽作業なら可 ●Child Pug h:チャイルド・ ピュ—/肝臓の障害度の評価A~C ●BCLC STAGE A~D:BCLCステージ/肝がん進行度の評価A~D

[図4 ソラフェニブの開始投与量別生存率]
図4 ソラフェニブの開始投与量別生存率

また、ネクサバールの標準投与量は800ミリグラム/日とされていますが、GIDEONによると日本では400ミリグラム/日で開始するケースが多いこともわかりました。しかし、開始投与量別に生存率を比較した検討では、800ミリグラム/日群のほうが400ミリグラム/日群を上回るというデータが報告されており、最終結果が待たれるところです(図4)。

ところで、ネクサバールについてはGIDEONとは別に、切除手術やラジオ波焼灼療法の後に、補助化学療法として用いる試験(STORM試験)も進められています。肝がんは切除手術などでがんをすべて除去しても再発することが多く、それを防ぐ手立てがないのが現状です。高山さんは「もしこの試験で好結果が出れば、ネクサバールの意義はさらに高まるだろう」と話しています。


肝がん患者さんからのメッセージ

クヨクヨせずに今の時間を楽しみたい

高木盛康さん(70歳)

高木さん

家族や周囲に迷惑をかけているが、みんなよくしてくれると話す
高木さん

東京・八王子市の郊外に暮らす高木盛康さん(70歳)。高台の広い敷地と家屋敷は先祖伝来のもの。近くの本家から分家し、当代で6代目になるという。もともとは織田信長に滅ぼされた武田家の遺臣。「甲州から逃げて来た落ち武者が、なぜこんなに広い土地を手に入れることができたのか不思議」と笑顔で話す。

"がんなんて嘘だろう"

高木さんが肝がんとわかったのは2年半ほど前のこと。健康診断で肝機能の異常を指摘され、大学病院で精密検査を受けたところ、肝臓にがんが広がっていると診断された。

「最初はがんなんて嘘だろうと信用しなかった。健康には自信がありましたから」。67歳のそのときまでまったくの病気知らず。市販の薬さえ飲んだことがなかった。体力も旺盛で、趣味のゴルフは1カ月に10回もラウンドに出るほどの入れ込みよう。仲間もそのパワーには驚いていた。それがいきなりのがん宣告。「まさに青天の霹靂。頭の中が真っ白になった」と振り返る。

副作用も足に皮膚症状が出た程度

肝がんは想像以上に進んでいた。がんが大きく、肝硬変を合併しているから手術は難しいと告げられたときには、「これはもうダメ。余命数カ月」と腹をくくった。根が楽天的な性格。「いつまで生きられるかは神様だけが知ること。生死については一切考えないことにした」と高木さん。それでも、肝動脈塞栓療法は受けた。がんを完全に退治はできないものの、進行を食い止められると説明されたからだ。ただ1回の治療で6時間もかかり、その間ベッドに縛り付けられる。入退院を繰り返して数回受けたものの、苦しさに耐えかねて、途中から拒否した。もう打つ手がないと思われたときに、医師から勧められたのがネクサバールという薬。飲み始めると、これが体質に合っていたのかよく効き、症状も改善した。副作用は、医師からよく発症すると言われた皮膚症状なども、クリームなどで予防したおかげか、足に多少出たぐらいで思ったより軽くすんだという。

気ままに今を楽しみたい

それから2 年半。今は、広い自宅で好きなテレビをみたり、雑誌を読んだりと気ままな生活を送る。通院は薬をもらうため2カ月に1度ほど。がんが骨に転移したため、痛みが少しつらくなっているという。「でも私は幸せもの。家族や周囲に迷惑をかけているのに、みんなよくしてくれる。あとどのぐらい生きられるかはわからないが、クヨクヨせずに今の時間を楽しみたい」と高木さんは明るく笑う。


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