肝機能をよりよく維持することは、がんと闘う大きな武器 知っておきたい、小さく、確実に取る肝がん「系統的切除術」
門脈の支配域という系統に沿って、切除範囲を決定
最近、このように領域ごとに切除する方法は、「系統的切除」とも呼ばれます。ヒーリー&シュロイの分類でもクイノーの分類でも、各区域はある系統にしたがって分けられているためです。

その系統とは「門脈の系統」です。先にお話ししたように、肝臓の左右を分けているのは門脈、肝動脈などの大きな血管ですが、肝細胞がんは門脈に沿って発生し、門脈の血流に乗って転移すると考えられています。ですから、がんのできた場所から門脈が枝分かれし、血流が向かう領域、つまり、門脈の支配域を「系統」ととらえ、その領域を丸ごと切除するのです。目に見えるがんがなくても、微細ながんが潜んでいる可能性が高いためです。

系統という言葉はちょっとわかりにくいですが、バスの路線が系統と呼ばれていることを考えると、何となくおわかりいただけるのではないでしょうか。
実をいうと、日本以外の国では、このように系統をたぐるこまごました手術より、肝移植が選ばれる傾向にあります。肝細胞がんが発生する母体そのものを取ってしまえば、再発の可能性が低く、手っ取り早く完治が目指せる、というわけです。
しかし、日本ではドナーが少なく生体肝移植が中心など、移植���ハードルが高いうえ、移植後の免疫反応など、副作用が少なくないことから、系統的切除が非常に進歩しました。
「領域ごと切る」切除方法はがんだけでなく、いわばまわりも一緒に大きめにとる切除方法ですが、切る体積が大きければ、体へのダメージは大きくなります。「系統的切除」は再発しやすい領域を必要最小限切除し、再発リスクを下げながら、できるだけ肝機能を温存するための方法でもあります。事実、系統的切除の有用性は今日、国際的にも認められ、証明するデータも揃ってきています。
肝臓の状態のよしあしが、手術内容を決める大きな条件
では、実際にはどんな症状や体調状態のとき、どんな区域切除(=系統的切除)が行われるのでしょうか。
肝臓がんでは、治療法の決め方もほかの多くのがんとは違っています。多くのがんで重視されるのはがんの大きさと深さ(深達度)、リンパ節転移の有無ですが、肝臓がん、とくに原発性の肝細胞がんでは、肝臓の状態のよしあしが重視されます。
というのは、原発性肝細胞がんのほとんどはC型またはB型肝炎を背景に発生するので、肝臓そのものの状態がよくないことが少なくないのです。いくらがんが小さくても、肝臓の状態が極端に悪い場合、区域切除をしても肝機能が戻らず、肝不全を起こすことがあります。術後に肝不全を起こすと、助かることが非常にむずかしいので、「切っても、残った肝臓でやっていけるかどうか」は、たいへん重要なポイントです。
もちろん、状態がいい場合は、大きく切除しても肝臓が再生しますから、がんのサイズが大きくても切除が行われ、大きめに切ることができます。
現在、最も標準的に行われている治療法を記した『肝癌診療ガイドライン』には、治療法をどう選ぶか図解した「肝細胞癌治療アルゴリズム」が掲載されていますが、これを見ても、肝細胞がんの治療法は「肝障害度」、「腫瘍数」、「腫瘍径(がんの大きさ)」の3つの条件で決めるようになっています。
ちなみに、ガイドラインで切除が標準治療とされているのは、
(1)肝障害度が悪くなく(AまたはB)、腫瘍数が1つ
(2)肝障害度が悪くなく(AまたはB)、腫瘍が2~3個、腫瘍の大きさが3センチメートル以内
(3)肝障害度が悪くなく(AまたはB)、腫瘍数が2~3個、腫瘍の大きさが3センチメートル以上
という3つの場合です。
切る範囲を決定するのは、腹水と肝機能を表す数値
さて、肝障害度と腫瘍の数・大きさから「切除」が選択されると、次は「どこをどれだけ切るか」ということになります。これも今日では基準があり、多くの医療施設がこの基準によって切除範囲を決定しています。
その基準とは、肝臓がん外科治療の世界的権威であり、系統的切除のパイオニアでもある幕内雅敏(現・日本赤十字医療センター院長)さんが作成したもので、「幕内基準」と呼ばれています。
「幕内基準」では、肝臓の状態を示す3つの材料から、切除する領域の広さを導き出します。3つの材料とは「腹水の有無」、黄疸の状態を調べる「血清総ビリルビン値(※1)」、肝機能を調べる「インドシアニン・グリーン試験15分値(ICG15分値)(※2)」の3つ。たとえば腹水がなく、血清総ビリルビン値が1.0ミリグラム/デシリットル以下、ICG15分値が10パーセント未満なら、右葉(肝臓全体の3分の2)やクイノー分類の3区域分が切除できる――というように判断します。
腹水があったら手術は行いませんし、腹水がなくても血清ビリルビン値が2.0ミリグラム/デシリットルを超えていたら、これも手術は行いません。要は、「この条件でこれだけ切除しても、残った肝臓でやっていけるか」というのを、図式化したものなのです。
実際にはさまざまな条件、たとえば、どの位置にがんがあるかなどによっても、切除範囲は変わってきます。極端な例をあげると、がんの大きさが小さく数が1つでも、右葉を支配する門脈の根元にあれば、門脈の支配域は右葉全体ということになりますから、右葉を全部取る術式を考慮しなければなりません。逆に、区域6の端に小さいがんができた場合、区域全体を切るか、そこだけ部分切除するかどうかは大きな検討事項になります。
※1ビリルビン=肝障害や赤血球がこわれる溶血が起こると値が高くなる
※2インドシアニン・グリーン(ICG)試験=インドシアニングリーンという暗緑色の色素を腕の静脈に注射し、一定時間後に採血したときに色素がどれだけ残っている かを調べることによって、色素が肝臓でどれだけ処理されたかを調べる
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