『肝癌診療ガイドライン』をわかりやすく解説する 肝臓がん治療で世界のトップに立つ日本~さらに高い治療成績が期待されている
針生検は避けたい検査
そして、検査でぜひ知っておきたいのは、針生検の危険性です。針生検は、太めの針を病巣に刺して組織をとり、顕微鏡でがんかどうかを調べる検査です。がんの確定診断のひとつで、乳がんなどではよく行われています。今村さんによると、欧米でも肝臓がんには針生検が行われることが多いそうです。
ところが、肝臓がんの場合「針生検は、がんをまき散らす危険がある」というのです。今村さんによると、そのリスクは10パーセントという指摘もあるそうです。
しかも、乳がんなどは割合均一ですが、肝臓がんはモザイクのように腫瘍の中にいろいろな細胞が混じっています。したがって、針生検で採取される小さな標本が腫瘤全体を代表しているとは言い難いのです。さらに肝細胞がんは細胞の異常(細胞異型)ではなく、組織の構造的な異常(構造異型)をみてがんかどうかを判断するのが基本。針生検でとれる程度の小さな組織では、確実な判断が難しいこともあるのです。
今村さんは、「肝臓は血液が豊富な臓器なので、針生検による出血の危険もあります。そうした不利益も含めて考えると針生検は勧めたくありません」と話しています。ちなみに、乳がんの場合は針生検といっても組織を吸引して採取するタイプなので、がんをまき散らす危険は少ないのです。
また、肝臓がんにも腫瘍マーカー(AFP=アルファフェトプロティン、PIVKAⅡ=異常プロトロビン)がありますが、肝臓がんの危険群を定期的に測定しても、早期発見にはつながらないことがわかっています(前述の通り)。つまり、肝臓がんではダイナミックCTかダイナミックMRIが今のところ、ゴールドスタンダードなのです。
リンパ節転移より血管への侵入が問題
肝臓がんの進展度(T1~T4)は、(1)がんの大きさ、(2)個数、(3)血管にがんが食い込んでいるかどうか(脈管侵襲)という3つの要素によって決まります。
大きさは2センチ、個数は3個が境目です。がんの大きさが2センチ以下で、単発、血管にも入っていなければT1、大きさが2センチ以上ある、数が3個以上などどれかひとつがはずれていれば、T2です。2つの要���がはずれていればT3になります。他のがんではリンパ節転移の有無が進展度をみる大きな要素になりますが、肝臓がんの場合「リンパ節転移は頻度が少なく、逆にあったとすれば末期の肝臓がんです」と今村さん。そのかわりに、命を左右する重要な要素になるのが、脈管侵襲の有無です。肝臓がんは、門脈に入りやすいのが特徴で、これを「門脈腫瘍栓」と呼びます。
たとえば大きさが2センチ以上ある、あるいは血管にがんが食い込んでいるだけのがんは、条件がひとつだけはずれているので、進展度は同じレベルになります。しかし、今村さんによると「脈管侵襲があるほうが、はるかに生命予後は悪い」といいます。血管にがんが食い込んでいるということは、転移などの危険も大きいのです。
肝臓の外にがんが飛んでいる場合と脈管侵襲がある場合は、通常の肝臓がんとは治療も別枠で考えられています。肝臓の外に転移している場合は、手術も肝動脈塞栓術も根治治療の適応にはなりません。
脈管侵襲のほうは、がんが血管に食い込んでいると言っても、画像診断でわかるレベルのものから、摘出した組織をみてわかるもの、顕微鏡レベルで調べてやっとわかるものなど、いろいろなレベルがあります。
しかし、少なくとも画像診断でわかるレベルならば、「唯一、根治を目指した治療は手術です。それで大丈夫というわけではありませんが、脈管侵襲があれば肝移植の適応にはならないし、ラジオ波などの局所療法も効果がありません。肝動脈塞栓術は姑息的治療としては行われますが、根治にはなりえないのです。しかしがんを兵糧攻めにする塞栓術は、手術不能ながんに対する有効な治療法であることもまた無作為化比較試験で証明されてもいます」と今村さんは解説する。
肝不全は、移植が唯一の治療法
一般的に、がんはその進展度によって治療法が考えられます。しかし、肝臓がんの場合は、これに加えて肝臓の状態が問題になります。
肝臓がんの進展度とウイルスなどによる肝臓そのものの障害の程度、この2つの要素から治療方針が考えられるのが大きな特徴です。
肝臓がんの治療法には、手術による切除、ラジオ波でがんを焼き殺すラジオ波焼灼療法やエタノール注入などの経皮的局所療法、肝臓を養う動脈に栓をしてがんを兵糧攻めにする肝動脈塞栓術、肝臓移植などの方法があります。 肝臓移植は、唯一がんの発生母地まで無くすことができる治療法です。こうしたいろいろな治療法を、がんの進展度と肝臓の機能に応じて使い分けたり、組み合わせて治療が行われます。
肝臓の機能が非常に悪く、命にもかかわるような場合(肝不全、ガイドラインではC)、がんよりもまず肝臓そのものの治療が先になります。肝臓が、がんの治療に耐えられないからです。その場合、唯一の治療法は肝臓移植です。ところが、がんが進行して4個以上になると移植の成功率も低くなります。再発の可能性が非常に高くなるのです。
「肝臓移植はドナー(提供者)の問題もあるので、5年生存率で8割が実施の目安です」と今村さん。それからみて、肝臓がんの場合は単発ならば5センチ以下、複数の場合は3センチ3個以下が適応対象です。この条件に当てはまれば肝臓移植の適応になりますが、4個以上になると積極的な治療はしないというのが、現状では最善の策なのです。
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