胸水が溜ったがん性胸膜炎は早期発見・早期治療が肝心
溜まった水を出し、胸腔をつぶす
原因を特定し、悪性胸水であることを確認したら、治療が行われる。主に、①胸腔排液②胸膜癒着術が行われる。①は検査の胸腔穿刺と同じ要領で行われるが、胸腔排液を行う場合は水を出し、肺を広げることが目的となる。そのため、先端に3~5個横穴があり、つまりにくい構造の胸腔ドレーを留置する。
「胸水は片側一杯に溜まると3Lくらい。1度に抜くと肺が急激に膨らみ、肺が浮腫を起こして危険なので、1回500ml~1Lずつ抜きます。チューブを入れるときは局所麻酔をしますが、チューブがずれると肋骨に触れて痛いので、体表への固定はしっかりと行います。痛いと深く呼吸ができず、肺が広がらず、治療に支障が出てくるので、鎮痛薬をしっかり使います」
胸水が抜けたら、そのまま②の治療に移行することが好ましい。壁側胸膜(肋骨側)、臓側胸膜(肺側)、横隔膜、全体を薬剤で癒着させ、フリーな胸腔をなくす。そのための薬はドレーンから注入する。
よく使われる薬剤は、日本では免疫賦活剤のピシバニール*、抗生剤のミノマイシン*など。薬剤を注入したら①10分~15分ごとに姿勢を変え、胸膜全体に薬剤をまぶす。②肺を膨らませ、10~20㎝水柱の陰圧をかけて、③虚脱した肺をできるだけ拡張する。
*ピシバニール=一般名OK-432 *ミノマイシン=一般名ミノサイクリン
理想は胸腔をなくすこと
「理想はぴったりくっつくこと。隙間がなければ、胸水は溜まりません。しかし、長期に肺がしぼむと充分な再膨脹ができず、ぴったりくっつかないこともあります。胸膜全体に癒着剤が浸透するように2~3時間かけて姿勢の転換を行います。胸膜や横隔膜がぴったりくっつき胸水が貯留しなくなることで、体の状態はよくなり、その後の抗がん剤治療も行えるようになります」
治療の副作用としては、薬剤性の炎症による痛みや熱。体が傷を治すのと同じ働きを利用して、胸膜を癒着させるためだ。また、もともと間質性肺炎を持つ人は、薬剤で急に悪くなることがあるので注意が必要。上記の処置を行い、隙間が小さくなり胸水が溜まりにくくなると、
「栄養状態などが改善され、直後に抗がん剤治療が計画的に行えるようになりますので、本来の治療に専念することができます」
中皮腫の場合、くっついた肺と胸膜を丸ごと切除する治療法(胸膜肺全摘術)も行われるが、肺がんや肺に転移したがんではほとんど行われない。すでにほかにも転移している可能性があるので、ダメージの大きい治療は行わないのが一般的だ。
がん細胞が少ない症例では温熱化学灌流療法も

検査の結果、早期の中皮腫、あるいは手術予定の肺がんでも、胸膜に落ちたがん細胞が少ない場合、坂口さんのグループでは「胸腔内温熱化学灌流療法」という治療を積極的にとりいれている。
胸腔に入れたドレーンを使い、温めた生理食塩水と抗がん剤(シスプラチン*)をぐるぐる回す治療だ。全身麻酔後、胸水排出用にすでに入っているチューブに加えて、もう1本チューブを胸腔に入れ、人工心肺用の血液を回す回路を利用し、ヒーターで温めた生理食塩水+抗がん剤を胸腔内に灌流させる(図6)。
「薬剤の温度は体にダメージを与えないぎりぎりの43℃で。ぐるぐる回すのは一定の胸腔温度を保つためです。腫瘍は熱に弱く、抗がん剤の効果が高まると考えられます。加えて、薬剤がまんべんなく胸膜内へ通過するため、この治療を行った後は胸膜が癒着しやすくなります。現在、まだ40数例ですが、治療後の検査では、ほぼきれいに癒着し、全例で胸水がコントロールができています。中皮腫の場合は、症例により癒着後に胸膜肺全摘術を行いますが、手術がしやすく、がん細胞がこぼれないという利点もあります。
壁側胸膜ごと片肺を切除する胸膜肺全摘出を行う際、胸腔内温熱化学灌流療法を併用することで予後の改善が期待できるとの海外の報告もあります。私たち自身、この療法を行うことで胸膜肺全摘の手術適応にならない中皮腫患者さんも比較的体調がよく、平均以上の予後が期待できるとの実感を得ています」
このように、胸水のコントロールは、その後のがん治療を左右する。
坂口さんは言う。
「胸水はコントロールがつかなくなると次の治療へ進めません。診断と治療は早めに。胸水検査で悪性細胞を認めないからといってしばらく放置することはよくないことです。ぜひ早めに専門医に相談してください」
*シスプラチン=商品名ランダ/ブリプラチン
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