肺がんとともに長く生きる8人の患者さんからのメッセージと生き方 肺がんの長期生存の秘密
初発から12年 仕事人間から自分らしい人生へ
池田良章さん(61歳)

私が肺がんを患っていることがわかったのは12年ほど前の2月、人間ドックの検査でのことでした。1センチ刻みのCT検査で、右肺上葉に小さなぼんやりとした影が写っていました。妻の勧めで、念のためにと国立がん研究センター東病院(当時)で細胞診を受けてみると、やはりがんであることがわかりました。
直径1センチあるかないかのごく初期の微小がん。手術が適用され、延命率も高いこの段階でがんが発見されたのは、とてもラッキーでした。
もっとも入院中はこの病気の厳しさを思い知らされました。4人が寝居をともにする病室で、みんなで励ましあいながら回復を祈っていましたが、夜中に獣の押し殺したうめき声のようなものが聞こえ、朝にベッドが片付けられていることもありました。この病気は生死が隣り合わせであることを実感せざるを得ませんでした。
そんな経験をしたからでしょうか、退院後は自分の生き方も変わってきました。がんになったことで、命に限りがあることを実感しました。それまでの私は、商社マンにありがちな仕事人間でしたが、仕事だけではないもっと違う生き方もあると思うようになりました。人と人との触れ合いや家族との時間を大切にし、地域のイベントなどにもできる限り参加しています。
おかげさまで生きている、生かされている。そう思うと、ひとときひとときが大切で、ありがたく感じられます。あたり前の毎日を、あたり前のように過ごせることを感謝しつつ、自分らしく過ごしたいと思います。限りある命のもとで、生きとし生けるものみんなで、生きる喜びを分かちあいたいと思います。
初発から12年 治療拒否の姿勢を変えたがんセンターでの診療
塚本和子さん(57歳)

12年前の6月、勤務先の高校の校長室で左肺の異常について「要検査」と記された通知を校長先生から手渡されたとき、私は迷いなく、「治療は受けません」と答えました。もちろんその段階ではまだ、自分ががんを患っているかはわかりません。しかし、私には自分ががんであるという確信がありました。
治療を受けないといったのは、1つには事情があって、離婚後、女手1つで育ててきた2人のこどもも、下の子がその年に大学に入学し、親としての務めを果たしたと思っていたこと。もう1つは、もし自分ががんになっているのなら、治療を受けても、結局は無駄なあがきに過ぎないだろうと考えたからで���。
せめて検査だけでもという校長先生の言葉に従って、かかりつけ医を訪ねたときも私の気持ちは変わらなかった。でもその医師の熱意に負けて、国立がん研究センター東病院(当時)を訪ねることにしたのです。
そこで私の気持ちは大きく変わります。問診、CT、細胞診……私1人のために多くのスタッフが懸命に働いてくれている。その姿を見て、治療を放棄することは不遜なことだと感じたのです。それに病室の窓からテニスコートを眺めていると、また元気になって大好きだったテニスで、コートを走り回りたいという衝動にも駆られました。
実際に退院後、初めてコートに出たときには生きていることの実感を味わうことができました。日々の暮らしを精いっぱい楽しむことができるようになったのは、病院で私をサポートしてくれた人たちのおかげだと今も感謝の気持ちが絶えません。
初発から18年 病気は病気のプロに任せて、自分は目の前の仕事に全力投球
杉山耕三さん(62歳)

92年、右肺上葉に腺がんが見つかり、手術で右肺3分の1を切除。
その後、リンパ節、左肺に転移、右肺に初発の乳頭状腺がんが見つかり、計4度の手術を行い、左右両肺の5葉中3葉を失ったが、発がん前と変わらない生活を送っている
「生命力のかたまり」と驚かれる
「あなたは生命力のかたまりのような人ですね」
今でも、定期検査を受診するために神奈川県立がんセンターを訪ねる度に、主治医の先生にそう驚かれます。
それも無理はありません。今から18年前、初めてがんが見つかってから、私は同じ肺がん治療のために4回も手術を受けています。にもかかわらず、がんが見つかる前と同じように、電気工事の仕事を続け、休日には趣味のゴルフを楽しんでいるのですから……。
私ががんを患っていることがわかったのは、92年5月のことでした。
その前年、同じ肺がんで、父親が命を落としたとき、母親から歯磨きの際に出血があったと聞いていました。自分にも同じ症状があったため、たまたま知り合いだったがんセンターの職員の人に相談して検査を受けることになったのです。その結果、右肺上葉にがんが見つかりました。
主治医はかなり深刻な表情だったので、私もこれはかなり病気が進行しているのではないかと思わざるを得えませんでした。
実際、後で妻に聞くと病期が3期の腺がんで、5年生存率は12.5パーセントと告げられていたそうです。
もっとも私自身は不安を感じたことはまったくありませんでした。
根が楽観的なのか、それとも現実的なのか。あるいは、ひょっとすると心の危機を回避しようとする動物的な本能が備わっているのかもしれません。
がんと告げられて、右肺の3分の1を切除する手術が決まったときにも、頭をよぎったのは入院で工事が遅れる、どう段取りしようかという仕事のことばかりでした。
それに入院中も、ともすればしめっぽくなりがちな病室の空気を少しでも明るくできればと、同じように考えている先輩患者と冗談を飛ばして笑いあっていたものです。
その初めての入院の後、2年後には肺の上方にあるリンパ節に、さらにその5年後には左側の肺の上葉に同じがんが再発し、それぞれ左肺上葉の上半分と下半分を切除しています。そうして9年が経過し、もうがんとは縁が切れたと思った矢先の2年前、それまでとは異なる乳頭状腺がんという種類の初発がんが右肺に見つかり、右肺の3分の1を切除しています。都合4回の手術で、私は左右両肺の5葉中3葉を失っているわけです。
にもかかわらず、私には自分でも不思議なくらい、危機感を覚えることがありません。もちろん、入院中には同じ病室で、同じ肺がんを患っている人たちが、不安に苛まれる姿を目の当たりにしていて、肺がんが怖い病気で、死について考えることが当たり前だということもわかっています。
実際同じ病室で話していた人が不運にも命を落とされるケースも何度となく目の当たりにしています。でも、私自身は自らの死について考えることはまったくありませんでした。
病気は病気のプロに任せる

こうして私は4回もの手術を受けたにもかかわらず、発がん前とほとんど変わらない毎日を送っています。
肺の大きさは発がん前に比べると、半分以下になっていますが、もともと肺の容量が大きかったこともあってか、今でも肺活量は一般の男性並みの3000㏄台を維持しています。仕事でもかきいれどきには7時、8時まで現場に残っているし、晩酌も欠かしたことがありません。変わったことといえば、カラオケで高い声が出なくなったことと、長時間仕事を続けていると、少し疲れやすくなったと感じる程度でしょうか。
なかにはそんな私を見て、どうしてそんなに元気でいられるのかと不思議がる人もいます。でも、それは私自身もはっきりした答えを持ち合わせているわけではありません。
ただ1ついえるとすれば、私がある意味で達観していたことでしょう。
普通ならがんになれば、誰もが治療や自らの行く末について不安や恐れを感じます。しかし、私はその点で他の人たちとは違っていたのだと思います。
当たり前のことですが、私は医学部を出ているわけでもなければ、がんについてとくに勉強しているわけではありません。
私の仕事は電気工事業で、医療についてはまったくの門外漢です。それなら医療のプロである医師や看護師さんにすっかりお任せすればいいのではないか。自分が病気のことを心配してもどうなるものではない。それなら自分のやるべきことをしっかりやるほうがずっと大切ではないかと考えているのです。
慌てず病状を素直に受け止める

その私にとってもっとも大切なことというのが仕事でした。
だから2回目以降の手術では、主治医と相談して仕事の手が空く夏休みや正月休みに入院するようにしています。また2回目の入院では、術後に放射線治療を受けていますが、そのときには週に1度は自宅に帰り、仕事の手はずを整えるようにしていたのです。
他のがん患者さんのなかには、たとえば飲料水にこだわったり、健康食品を使ったりと、自分なりの手立てを講じている人もいましたが、私は病院の治療以外には一切、何もしませんでした。
治療は病院に任せて、私はあくせくと仕事のことを考えて日々を送ってきたのです。
私は運命論者ではありません。しかし、がんになって不運にも命を落とす人もいれば、私のように命を永らえる者もいる。もっとも、この私にしてもこれからどうなるかはわからない。新しく見つかったがんが悪化したとしても、そのことを素直に受け入れようと思っています。
じたばたすることなく、大きな視点で人生を受け入れる。ひょっとするとそんな姿勢を持ち続けていたことが、心の平静につながり、結果として病気をはねのけているのかもしれません。
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