リンパ節のサンプリングで免疫機能を温存 肺がんの胸腔鏡手術&リンパ節温存
胸腔鏡手術にはリスクもある
胸腔鏡手術が開胸手術に比べて優れている点はいくつかある。傷口が小さいから術後の痛みが小さい。入院期間が開胸手術より3~4日短く、1週間ほどで退院できる。だが手術時間は、開胸手術が2時間ほどであるのに対して、胸腔鏡手術の場合は3時間くらいかかる。手術が難しい分、1時間ほど余計にかかるのだ。5年生存率に関しては、両手術の間にまったく差はない。
胸腔鏡手術は視野が狭く技術が難しい分だけリスクは高いともいえる。肺は心臓と直結しているから、手術中に大出血の危険性もある。突然の出血に胸腔鏡手術は対応しにくいという欠点がある。
「胸腔鏡手術だけに固執してはなりません。あるところで判断して、切り替えなければならないこともあるわけです。たとえば癒着があるようなケースは、危なくて胸腔鏡ではできません。途中から素早く開胸手術に変えるわけです」
やはり患者側としてはよく調査をして、胸腔鏡手術の経験豊富な外科医に手術してもらうのが安全性を確保する一番の方法である。


入院期間が短いことのメリットとデメリット
実際の胸腔鏡手術の症例を見てみよう。
55歳女性。検診のX線写真で胸部に異常な影が見つかりCTを撮ると、最初の異常な影とは違う場所に腫瘤陰影が見つかった。肺がんの疑いで、2002年11月千葉県がんセンターに紹介された。3~4カ月ごとにCTを撮って経過を観察していたところ、2005年12月のCTで陰影が増大した。悪性の疑いが強いという判断で、2006年1月31日に入院して、2月9日に手術が施行された。迅速病理診断で腺がんと確認され、左S3区域の切除が行われた。手術時間は1時間50分、出血量60グラム。腫瘍の大きさは17×8×8ミリと小さかった。翌日抜管し、1週間後に退院の予定。リンパ節は限定して郭清。
本稿の取材日は、この患者さんの手術の翌日だった。病室を訪問すると、点滴の管を外された患者さんはベッドに坐って食事中だった。同室の患者さんと大声で談笑している。肺がんの術後とは思えないほど元気だ。木村さんが痛みの有無やおしっこの量などを聞くと、痛みはまったくないが、手足がむくんでいる、と患者さんが訴えた。むくみは点滴の量を多くしたせいでしょう、じきにとれますよ、と木村さんが答えた。
この手術の最大の問題は入院期間が短いことだ、と患者さんが意外なことを言う。自分が入っているがん保険は、入院が21日間を超えないと保険金が出ない、何とかならないですか先生、��こぼして同室の患者を笑わせていた。
病室を出たあと木村さんは、
「ああやって大笑いすることが、肺が広がって回復にいいんです」
と、順調な経過に満足そうな表情を見せた。
リンパ節はなるべく残す
胸腔鏡手術では通常、転移の可能性のある周囲のリンパ節を10~20個ほど切除するが、木村さんは最小限しか郭清しない方法をとっている。リンパ節の温存手術は木村さんの長年の研究テーマなのだそうだ。
「リンパ節というのは、実はがんの予防をしている器官なんです。がん免疫のメカニズムを簡単に説明しますと、まず樹状細胞という免疫担当細胞ががんの抗原を取り込み、取り込まれた樹状細胞がリンパ節に流れてきてT細胞に抗原提示をし、T細胞が抗原を認識してがん細胞をやっつける、というような流れになっているんです。このようにリンパ節はがん免疫の中で大切な働きをしているので、リンパ節を取ってしまうと免疫の働きが弱ってしまうのです」
もちろん、ステージ1a、つまり腫瘍が3センチ以下の転移のない肺がんに限定した話である。木村さんの研究によると、最初に転移する可能性のあるリンパ節のみ限定して取ったグループと、周囲のリンパ節をすべて郭清したグループとで比較した場合、5年生存率に差はなかったという。いくつかのリンパ節をサンプリングし、転移がないとわかればなるべく残したほうがいい。術後の回復は早いし、免疫機能の温存にもよく、再発に対する抵抗力も温存できるはずだ、と木村さんは考える。これも患者にやさしい手術のひとつといえそうだ。
早く見つかれば恐ろしい病気ではない
どのがんでも同じことだが、やはり早期発見が予後をよくするための最大の要因だ。とくに肺がんは発見が遅れると致死率が高くなる。そこでCT検診を受けることを木村さんは強く勧める。
「胸部X線と喀痰検査だけでは早期の肺がんはなかなか見つかりません。まだ一般的ではありませんが、CT検診を2年に1回受けておけば、万一肺がんが見つかっても助かります。ぼく自身も保険だと思って受けています。早く見つかれば恐ろしい病気ではないのですが、発見が遅れてしまうと大変難しくなるのが肺がんなんです」
肺がんの2次予防はCT検診に尽きるようだ。ヘリカルCTといった高性能のCTでは5ミリ以下の肺がんも見つかる。CT検診は数千円で受けられる。とくに喫煙者は、肺がんの発生率も高く進行も速いので、毎年受診したほうがよいだろう。


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