1. ホーム  > 
  2. 各種がん  > 
  3. 肺がん  > 
  4. 肺がん
 

渡辺亨チームが医療サポートする:肺がん編

取材・文:林義人
発行:2004年4月
更新:2019年7月

肺がんの再発にイレッサによる治療を選んだ理由

ステージ3Bという大変厳しい肺腺がんになった笹本尚さん。

しかし彼は、残された人生を自分らしく生きていこうと決め、通院による抗がん剤治療をする道を選んだ。

予想していた抗がん剤の副作用にも耐えながら4クールの治療を終えた。

そこで医師から告げられたのは「完全寛解に近い」といううれしい報告だった。

(ここに登場する患者さんの例は複数の患者さんの実例を織り交ぜた仮想のケースで、仮名にしています)

抗がん剤治療終了後3カ月で再発

手術できないステージ3B期の肺の腺がんにかかった笠本尚さん(仮名・54歳)は、本人の希望通り外来で多剤併用の化学療法を受けた。4クールの治療を終えた2003年8月頃には、主治医のC医師が、画像診断から「完全寛解に近い状態」と、話すほどになっていた。1年以上続いていた空咳も止まり、秋には抗がん剤の副作用のためにツルツルになっていた頭に柔らかい髪がポツポツと出て再生のきざしを見せていた。

「もしかしたら、このまま治るかもしれない」。自分でもそんな希望を持つことができるほど、体調もよく感じていた。

ところが、木枯らしの吹き始めたある日、笠本尚さんは背中にキリキリとした痛みを覚えた。再び空咳も出るようになっている。妻にその症状を話すと、「すぐ病院へ行きましょう」と笠本さんを車に乗せた。

すぐに主治医のC医師の指示で検査が行われた。1時間ほどで終わり、診察室に戻るとC医師が待っていた。

「残念ですが、再発です(*1化学療法後の再発)。背中の痛みは脊髄への転移からきたものでしょう」

CT画像を示しながらC医師はこう告げた。いったんは影が消えていた原発部に4×4センチくらいの腫瘍があるのがわかる。影は肺の中全体に転々と広がっていて、脊椎ばかりではなく、鎖骨の上のリンパ節や肝臓にも転移しているのがうかがえた。腫瘍マーカーCEAは300もあるという。

再発肺がんにはタキソテールが世界的標準

写真:タキソテール
再発肺がんの標準薬、タキソテール

「このままだと、あとどれくらい持ちますか?」

笠本さんはずばり聞いてみた。

「そうですねぇ、半年から1年くらいでしょうか」

努めて感情を抑えたようなC医師の声。笠本さんはさすがに自分で動揺するのを感じた。

「以前うかがいましたが、この段階ではイレッサ(一般名ゲフィチニブ)ですか? ほかにどんな治療法がありますか?」

「化学療法後の再発肺がんに対しては、タキソテール(一般名ドセタキセル)という抗がん剤の治療が世界の標準的治療となっていますが、腫瘍縮小率という点では10~20パーセントとそんなに高くはありません。そのため、積極的な治療を行わずに症状の緩和だけを目指した保存的治療も大きな選択肢の一つとなります。一方、イレッサは、腫瘍を小さくする効果は20パーセント程度ありますが、生存を延長するという点では、タキソテールとどちらが優れているか分かっておりません(*2再発肺がんの治療薬)」

さらに、イレッサは飲み薬であり、タキソテールは点滴を受けるために通院しなければならないという。最後まで働きながらのがん闘病を考えていたので、即座に「イレッサの治療を受けたい」とC医師に伝えた。

薬剤性肺炎の予防も可能に

イレッサによる間質性肺炎に関して緊急の安全性情報が出た

写真:イレッサと間質性肺炎に関する緊急の安全性情報

「ご存じと思いますが、イレッサは間質性肺炎という副作用のために亡くなる事故が多発しました(*3イレッサの副作用)。そこで当院では、イレッサを服用する患者さんにはできるだけ最初の1カ月間ほど入院して治療を受けていただくようお勧めしています。でも、笠本さんはやはり通院での治療をご希望ですね?」

C医師はこう念を押した。もちろん笠本さんは、即座に答えた。

「私に残された時間が短いかもしれないということになれば、今のうちに仕上げておきたい仕事があります。ぜひ通院で治療を受けさせてください」

「わかりました。薬剤性肺炎が起こりやすい時期や薬剤性肺炎にかかりやすいタイプについてはある程度わかってきています(*4イレッサの間質性肺炎について)。笠本さんは現在禁煙をされているし、肺機能自体はそれほど悪くなっていないので、薬剤性肺炎に対するリスクは通常と同じ程度であると思います(*5イレッサの感受性)。最初の1カ月は週に2回通院していただくということで、治療を開始しましょう。ただし、もし肺炎の兆候が現れれば緊急入院の必要があります」

C医師の説明に納得した笠本さんは、その日の帰りに薬局で痛み止めのMSコンチンとともにイレッサを受け取って帰宅した。

イレッサ服用で再発病巣が縮小

写真:MSコンチン
麻薬性鎮痛薬のMSコンチン

イレッサを服用し始めてわずか5日目に、Kさんは背中の痛みがなくなっていることに気づいた。「あれっ」と思い、鏡をのぞくと、副作用のためかにきびがポツポツ現れているが、顔色も少しよくなってきたように思える。

「背中の痛みがなくなったよ。イレッサが効いたのだろうか、痛み止めが効いているんだろうか」

妻に話すと、

「そういえば、昨日からあまり咳も出なくなっているじゃない」

と教えてくれた。この日ばかりは、病院へ検査に出かける時間が来るのが待ち遠しいような思いであった。

その日、病院での検査のあとC医師が笠本さんにCT画像を示しながら話した。

「イレッサが効いたようですね。再発腫瘍も直径1センチくらいになっていますよ(*5イレッサの感受性)」

医師の指先に目を向けると、背骨にあったはずの黒点も消えているのがわかった。腫瘍マーカーCEAは300から急下降し、なんと20を切っているという。

「もうMSコンチンはいらないですね」

C医師の言葉を笠本さんは本当にうれしく聞いた。

主流になりえない遺伝子治療

笠本尚さんは現在、イレッサの治療効果を得られて、健常者と変わらず働くことができるようになっている。今年2月、「快気祝い」として、妻と2人でオーストラリアへ1週間の旅行にも出かけた。

もっとも病気の不安が消えたわけではない。イレッサはまだ未知の部分が多い薬剤であるとも聞いているし、長期生存させた経験もないのだから、いつ再々発の時期が訪れるかもしれない。

そんななかで笠本さんは、以前肺がん治療のために遺伝子治療というものが試みられているといわれていたことを思い出した。わずかでも根治の可能性があるなら、自分も臨床試験に参加したいと思う。そこで検査に訪れたとき、C医師にこの件について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「肺がんの遺伝子治療*6)は、岡山大学第一外科などで高度先進医療として受けることができます。この治療法はがんを抑制する働きを持ったP53という遺伝子が異常の人に対して、正常なP53を導入するというものです。しかし、この方法は、まだ『実用化する可能性がある』というだけで、有効性が証明されているわけではありません」

笠本さんは、少しがっかりした。が、「治療が難しい」といわれた肺がんにかかりながら、いまなお働き続けることを可能にしているのが、現代の最先端医療だ。「まだまだ夢を託すことができるはずだ」と思い直している。

同じカテゴリーの最新記事