「忘れられて」はいない小細胞肺がん 医師主導治験で新薬開発も始まる

監修●宇田川 響 国立がん研究センター東病院呼吸器内科医員
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2017年2月
更新:2017年3月


分子標的薬は確立されていない

確立された治療法のように見えるが、現場にとっての悩みは、治療開発が進んでいないということだ。非小細胞肺がんに比べて遺伝子の探索や解析が遅れている。宇田川さんは「新しい治療法が出てこない状態で、数年前のガイドラインを見ても今とほとんど同じことが書いてあります。非小細胞肺がんは開発テンポが早くて1年経てば治療法もガラっと変わる時代ですが、こちらは十数年というレベルで治療法が変わっていません」と述べる。

非小細胞がんにはEGFR遺伝子やALK遺伝子の変異を調べて分子標的薬のイレッサ、ザーコリ、アレセンサなどが選択でき、さらに違った遺伝子異常に対する分子標的治療が承認されていくことが予想される。しかし、小細胞肺がんはその枠外にあり、イレッサが効果的かを試した試験では「いい結果は1つもなかった」という。

イレッサ=一般名ゲフィチニブ ザーコリ=一般名クリゾチニブ アレセンサ=一般名アレクチニブ

新しい治療標的はないか

そこで、宇田川さんらは新しい治療薬の開発を目指すことにした。宇田川さんはその取り組みを、冒頭で触れた学術集会のシンポジウムで「小細胞肺癌における分子標的治療の開発と現状」と題して発表した。

「小細胞肺がんは複数の遺伝子異常が重複しているので、特定の遺伝子異常に狙いが絞りにくいのが悩みの種です。MYCファミリーやTP53の遺伝子異常は知られていますが、治療標的としては成立していません」

そこで宇田川さんらは、新たな治療標的を探すために国立がん研究センター東病院において小細胞肺がんの網羅的遺伝子開発を行った。その結果判明したのが、「PI3K/AKT/mTOR経路の遺伝子変異が10%に見られること」だった。

「細胞内にはがん細胞の増殖を伝えるシグナル(信号)経路があり、その経路の遺伝子異常が小細胞肺がんで比較的多いことが分かりました。経路の活性化を抑えればシグナル伝達を抑えられる可能性があります」(宇田川さん)

臨床試験「EAGLE-PAT」

そして、同経路の遺伝子変異は、小細胞肺がんの既知のドライバー遺伝子であるMYCファミリーとは相互排他的な傾向を示していることも発見した。これらのことからこの経路ががん増殖に重���な役割を担っていることが示唆されたため、治療標的として有望であると考えた。

複数の候補があったが、その中から基礎実験レベルで強力な阻害効果が見られ、有効性が最も期待できるとして、gedatolisib(ゲダトリシブ:PI3K/mTOR阻害薬)を選択した。

こうして、医師主導治験「PI3K/AKT/mTOR経路に変異を有する再発小細胞肺癌に対するgedatolisibの多施設共同第Ⅱ相臨床試験(EAGLE-PAT)」は2016年2月に開始された。

「患者数が肺がん全体の約10%と少ないことが、開発を進める上でハードルになっていることも事実です。このような希少な開発は営利企業ではできないので、医師主導治験でやらざるを得ません」(宇田川さん)

画期的な新薬登場なるか

対象は、1レジメン以上の化学療法後に増悪した、PI3K/AKT/mTOR経路に変異を有する再発小細胞肺がんで、目的はgedatolisibの有効性と安全性を探索的に評価すること。gedatolisib 154mgを週1回静脈内投与し、病勢の増悪または有害事象(イベント)による中止まで継続する。目標参加数を19と設定して登録を進めており、結果が注目されている。

宇田川さんは「新しい治療法が切り開かれるのはいいことです。医師主導治験でよい結果が出れば、小細胞肺がんでは初の分子標的薬が実用化されます。また、がん免疫療法として非小細胞肺がんに適応されているオプジーボ、キイトルーダの小細胞肺がんへの臨床試験が行われているので、非小細胞肺がんほどではありませんが、小細胞肺がんの治療開発は進んでいくと思います。今も昔も、小細胞がんは注目されています。患者さんをよくしたいというのは医師みんなの願いなので、よい治療開発をしたいと思っています」と将来を見据えていた。

オプジーボ=一般名ニボルマブ キイトルーダ=一般名ペムブロリズマブ

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