維持療法で、質の高い生活を長く送ることも可能に

監修●久保田 馨 日本医科大学付属病院がん診療センター長
取材・文●伊波達也
発行:2014年6月
更新:2014年9月


維持療法は病状が進行するまで継続

基本的に維持療法は、病状が進行するまで続ける。大体、病状が安定している期間は初回治療開始後「半年から1年前後」(久保田さん)。中には、EGFR遺伝子変異陽性の患者に使われるイレッサと同等ぐらいの病状安定効果を示し、1年を超える例もあるという。

「維持療法で時間が稼げると、もしその後再発しても、次の選択肢を考慮できることも大きいです。そして、確実に“質の高い延命”も実現しつつあります」

また、副作用が比較的軽いとされるアリムタでも、腎障害がある人には強い副作用が出やすく、アレルギー反応が出てしまう人もいる。

「アリムタは副作用が軽いとされますが、とはいえ、副作用はやはりあります。患者さんの中には、病勢が悪化していなくても休止を希望する人もいます」

維持療法は、長く行えば治る可能性が高くなるという治療法ではない。あくまで目的は質の高い生活を長く送ること。日常生活に支障をきたしては意味がないのだ。

イレッサ=一般名ゲフィチニブ

現状ではアバスチンの維持療法に疑問

現在維持療法については、分子標的薬のアバスチンの効果についての検証も行われている。しかし、今のところ、維持療法にアバスチンが有効だというエビデンスは得られていないと久保田さんは指摘する。

「アバスチンには、化学療法の腫瘍縮小効果を高める働きがあると考えられています。私たちの施設では、胸水や心嚢水がある人などに用いています。しかし、単剤での有効性は認められておらず、生存期間を延長するというデータも得られていません。当然薬を増やせば、副作用は増えます。ですので、生存期間を延長する、QOL(生活の質)を改善するなど、患者さんにとって明らかなメリットがないと使うことはできません。今のところ、アバスチンの維持療法の意義は分かっていないのが現状です」

一方、維持療法を行ったとしても残念ながら病状が悪化してしまった場合、どのような治療を行うのか。「そういった場合には、タキソテール、ジェムザール、TS-1、アブラキサンなどの薬剤を使います」

中にはジェムザールによって2年ぐらい病状の進行を抑えることができた人もいるという。たとえ維持療法で病状が悪化しても、治療の武���は残っており、諦める必要はないのだ。

 

アバスチン=一般名ベバシズマブ タキソテール=一般名ドセタキセル ジェムザール=一般名ゲムシタビン
TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム アブラキサン=一般名ナブパクリタキセル

維持療法を成功させる上で重要な1次治療の副作用管理

このように、維持療法の登場によって、厳しい状況だったⅣ期の治療は大きく変わった。以前よりも質の高い生活を長く送ることができるようになったのだ。そしてその維持療法の成功のカギを握るのが、いかに1次治療で患者の体力を温存し、いい状態で維持療法に臨んでもらうかだと久保田さんは話す。

「1次治療での副作用で患者さんの状態がよくないと、いくら病勢が抑えられていても、維持療法について医師は二の足を踏む可能性があります。1次治療で使うシスプラチンは腎障害が起きやすいため、大量の輸液をしなければならず、点滴時間が長くかかるなど、患者さんへの負担が多く、外来での投与の場合には支障がありました。そこで出てきたのがショートハイドレーションという戦略です」

ショートハイドレーションとは、腎臓を保護するマグネシウムや利尿作用のあるマンニトール(一般名)を使い、できるだけ輸液の投与を少なくする方法だ。同時に、吐き気や嘔吐を抑える、アロキシ、イメンド、デキサメタゾン(一般名)などといった効果の高い制吐薬も使う。この方法により、体力を温存し、いい状態を保ちながら維持療法に持ち込むことができるようになった。

アロキシ=一般名パロノセトロン塩酸塩注射剤 イメンド=一般名アプレピタントカプセル

維持療法の目的を理解することが重要

維持療法のようなⅣ期の治療は、根治ではなく、いかに質の高い生活を長く送れるか、いわゆる延命と症状緩和が目的であるため、患者の価値観や希望を尊重して、患者が治療について理解を深めた上で、治療を受けるかどうかを決めることが大切だ。

「患者さんによっては、最初の治療が終わりその後経過観察ということで、何も治療をしないことが不安だと漏らす人もいれば、最初の治療が終わり、その後ひとまず治療をお休みできることにほっとする人もいらっしゃいます。維持療法の目的が何かをはっきりと理解した上で治療を行うことが重要です」

そのために重要なのは、医師と患者とのコミュニケーションだ。

そんな、医師と患者のコミュニケーションが患者の病状に及ぼす影響を検証した試験結果が間もなく報告されるという。

これは、精神腫瘍学の観点から、国立がん研究センター中央病院・東病院の医師を対象に、コミュニケーションスキルトレーニングを受けた医師と受けていない医師の双方で、医師のスキルや患者の精神状態に与える効果に違いがあるかどうかを検証したランダム化比較試験だ。今年5月ごろに報告が出ると、試験の共著者に名を連ねている久保田さんは話す。

今後はこのように、様々な面から、Ⅳ期でも諦めずに治療を続けられるための取り組みが期待できると言えそうだ。

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